【完結】この結婚、漫画にしちゃダメですか?
小笠原さんは常に売り上げトップの漫画家さん達を担当している。それも元々底辺にいた漫画家さん達をトップに仕上げているところが凄い。
だからはるちゃんの担当になったのかもしれないが……。一つ、はるちゃんは誤解をしていた。
はるちゃんが新人漫画大賞を受賞した時に書いた俺の評価コメント。確かに書いたのは俺だけれども、コメントの内容はほとんど小笠原さんが呟いた言葉なのだ。
あの時、俺は初めて総評コメントや大賞の選考リーダーを任されていて、正直いっぱいいっぱいだった。
はるちゃんの作品を俺は推したかったけれど、なかなかこれだ!と言える自信が持てなかった時。
「……これ。少し読んでもいい?」
「小笠原さん!は、はい、どうぞ」
俺の後ろから小笠原さんが突然声をかけてきて、デスクに並べられたはるちゃんの漫画を手に取った。
しばらくその漫画を読み進めると小笠原さんが小さく呟いた。
「漫画の絵はまだ少し荒削りだが、話しは悪くない……よく登場人物の心情を捉えている。これなら読者もつい応援したくなる作品になるかもな」
「小笠原さん?」
「え、あぁ悪い。独り言だから気にしないでくれ。山田が任されているんだから自信もって推せよ」
「あ、はい!」
あの時、小笠原さんの後押しではるちゃんの漫画を全面的に推せたから、つい総評コメントに小笠原さんのつぶやきを載せてしまったのが真相。
なのに、はるちゃんの誤解を訂正できないままでいる。
今は12時05分。
この時間はお昼休憩を取っている者も多いだろう。俺はというと会議室で何度も深呼吸をしている。これから憧れる先輩に物申すのだから緊張するのは仕方ない。
“ガチャッ”
「山田、いる?」
「小笠原さん!すみません、お昼時に呼び出してしまって」
「いや。それは大丈夫だけど何? 何か話しでもある?」
俺は唾を飲み込み小笠原さんを真っ直ぐ見つめ勢いにまかせて大きな声で言った。
「あの!俺、はるちゃんのことが好きなんです!」
突然の告白に小笠原さんは驚いて目を丸くしている。なぜ俺は本人より先にこの先輩に話しているのか。
「山田?……急に」
「なので!はるちゃんとの同居、解消してくれませんか。俺が口を出すことではないのはわかってます。小笠原さんや会社、はるちゃんの事情もわかるんですが……やっぱり一緒に住むというのは」
「あ─……山田は片桐さんと付き合っているのか?」
「いえ。でも今日はるちゃんと逢う予定があるので、その時に俺の気持ちを伝えようと思ってます」
小笠原さんは俺の話しを聞きながら少し考え込んでいる。
「片桐さんも君のこと……あ、いや。わかった……考えておく」
しばらく会議室に気まずい雰囲気が続いたが、その気まずさは小笠原さんのスマホの着信音が打ち消してくれた。
スマホを手に取った小笠原さんは、着信画面を見ながらずっと固まっている。
その着信音が7コールぐらい鳴った後に小笠原さんは通話ボタンを押した。
そして小声で……
「……香菜……?」と。