【完結】この結婚、漫画にしちゃダメですか?
そう言ったお兄さんの目線の先を辿ると、道路を挟んだ反対側にお洒落なオープンカフェが見えた。そしてそのテラスのテーブルに小笠原さんと一人の女性が座っている。
“ドクンッ”
一瞬にして私の心臓の鼓動が速くなる。
そこには小笠原さんと香菜さんが座っていたからだ。
──香菜さん? ……え、なんで小笠原さんと香菜さんが? なんで逢ってるの? なんで?
私の中には疑問の言葉ばかりが浮かんできたが、もちろんそれを解決してくれる人はそこにはいない。
──でも……香菜さんとよりを戻すから?だから同居を解消しようって言ったの? 私はもう用済みってこと……
他の疑問の答えはわからないが、悲しいことに同居解消の疑問は自分の中ですんなり解決できた。妙にそういうことかと納得できたのである。
今すぐにでもこの場を立ち去りたかったが、横にお兄さんがいる為それもできず……お兄さんを横目でチラッと見るとなぜか私と一緒で驚いた顔をしている。
「きっと……会社の人かもしれませんね。お兄さんそろそろ行きましょうか」
「あ……ああ、そうだね。行こうか」
──本当に会社の人だったらどんなに良かったことか。……でももう、あのマンションにはいられない。早く……
──早く出て行かなきゃ。
私達はその場を足早に立ち去ったが、頭の中ではさっきの二人の姿がリプレイされて甦ってくる。
── ハァ─。あんな場面見たくなかったよ。
「……ちゃん、香菜ちゃん!」
私を呼ぶその名前が今となっては私の心を縛り付けてとても苦しい。
「大丈夫? なんだか顔色がわるいよ」
「……あ、いえ、あのお兄さん。実は──……」
「ん?」
私はお兄さんに今までのことを全て伝えて謝って、もう終わりにしようと考えたのだ。だってもうこんな偽装結婚、意味がないから。
でも結局、それは言葉になって出てこなかった。
「い、いえ。なんでもないです。大丈夫です、なんか寝不足気味かもしれません」
力のない笑いをする私に対して、お兄さんは頭をポンポンと撫でてくれた。
そして溜め息をつきながらこう言ったのである。
「ごめんね。全部俺が悪いんだ。なんとかするからもう少しだけ待ってね」
「……お兄さん?」
正直、お兄さんが何を言っているのかその時の私はまだわからなかった。
「あ、駅に着いたよ。じゃ、気をつけて帰ってね」
笑顔で手を振ったお兄さんは、直ぐ様背を向けて去ってしまった。