【完結】この結婚、漫画にしちゃダメですか?
突然のその呼び声に立ち止まった私は、涙でグチャグチャな顔のままゆっくりと振り向いた。
そんな私の顔を見て驚いていたのは、同じくこのマンションに住む原社長だった。原社長は会社の帰りだからかスーツを着崩し、左手にはビニール袋を持っている。
「え、香菜さん? その顔どうしたの!」
「……原社長……い、いえこれは。何でもないですので……お気になさらず」
私は手で涙を拭いながらまたその場を立ち去り、外へと続くエントランスの出口へ急いで向かおうとした。
……が、急に腕を掴まれたのと同時に私の体はその反動で、また原社長の方へ向くことになってしまう。
「いやいや、何でもないわけないでしょ。拓実くんと何かあった? ケンカでもした?」
それまで私達二人しかいなかったエントランスに、他の住民も何人か出入りしてくるのに気づいた原社長がチッと舌打ちしながら私の手を握り引っ張ってきた。
「ここじゃ目立つから、とりあえず上に行こう」
「…………」
──この人はダメ……小笠原さんと敵対している人物。何を……探られるかわかったもんじゃない……のに
原社長の手を振り払わなきゃと頭ではわかっているのに、体に力が入らない……
なんだかもう疲れたな。
私はエレベーターのある場所まで連れていかれ、エレベーターが降りてくるのを二人で待っていた。
「原社長……手、離してください」
涙も止まり少し冷静さを取り戻しつつあった私は、今だに手を繋いでいることに気づき自分の手を軽くブンブンと振り回した。でも原社長が強く握っていて離せない。
「え─だって、離したら香菜さん逃げ出しちゃうでしょ?」
「に、逃げませんから離してください!」
「ダメ──。ちょうどお酒買ってきたから一緒に飲もうよ」
二人で押し問答している時、ちょうどエレベーターの一基が “チン” と鳴り響き扉が開く。私は原社長に半ば強引に手を引かれエレベーターへ乗り込んでしまった。
そして隣にあるもう一基のエレベーターが同じタイミングで開くと、私達と入れ違いに小笠原さんがエントランスへ降りてくる。
「ちょ、強引過ぎます!」
その言葉を残し、私達は小笠原さんに気づかぬまま原社長の部屋がある階へ向かった。
反対に私の声に気づいた小笠原さんは隣のエレベーターへ急いで向かったが間に合わず。
ちょうど扉が閉まる隙間から私と原社長の姿を確認すると。
「片桐さん!!」
そう叫んだが、既にエレベーターは上昇し行ってしまうのだった。