Rain shadow─偽りのレヴェル─
「…お前だったらなんて呼んでくれてた?」
それは水本 深雨を見てくれている眼差しだった。
本当のわたしという存在を消さなくちゃいけない毎日なのに、このひとは逆に引き戻すように掴んでくる。
だからきっと彼がいるかぎり、わたしは生きつづけることができるんだと思った。
「わたし…だったら、」
「…ん、」
「───…くおん、くん、」
久遠くんって。
ほんとうは呼んでみたかった。
あなたに初めて会ったときから、久遠くんって。
「だ、だめ…かな、」
「…いや、いいよ」
言葉とは反対にスッと逸らされてしまった目。
仄かに赤く見える顔。
「でもみんなの前では“綾都”って呼び捨てしちゃうけど…、」
「そりゃな、爽雨が“久遠くん”とか言ってたら気持ちわりぃし」
「ふふっ、でもお兄ちゃんはすごく優しいんだよ」
「…俺の前では生意気でもあったけど」
それがお兄ちゃんだったんだろう。
家でも見せられない本当の部分を唯一見せることができた人。
だからわたしは妹としてもあなたには感謝している。