童話書店の夢みるソーネチカ
 柳木は何かを思い出したような様子で背中を預けていたカウンターテーブルから離れた。

 視界が開けた千花は、天井に吊り下がるペンダントライトの光を直視してしまい、たまらず目を細める。

「この話とは違うが桃太郎の後日談の絵本がうちにも一冊ある。取ってきてやろう」

 そういって奥の本棚へ歩いていく柳木を千花は眺めていた。

 簾柳木、童話書店『CLOVER』の店長で年齢は二十代半ば。

 不愛想で目つきが悪く、不良が絵本に一喜一憂するフィクションの化身だ。声も大きいのでたびたび子どもに恐れられている。

 ……それは柳木さんも気にしてるんだよね。

 見た目で損をしているけれど、生粋の子ども好きで面倒見の良い頼れるお兄さんという印象。

 それはこの一か月のアルバイトのなかでくみ取れたことで、千花もはじめはいつ怒られるかびくびくしていた。

 今では、逆らうといてこまされる!といった認識はなくなり、少しずつ彼のことも知っていきたいと思っている。

「千花も女子高生だ。恋愛はいいがハニートラップとかはやめとけよ」

「なっ、するわけないじゃないですか!」

 目当ての絵本を右手に持った柳木が戻ってきた。

 そうだ。このデリカシーのなさがこの人最大の残念ポイントだった。

 未だピンと来ていない柳木に抗議していると入口のベルがチリンとなった。

「客さんだな」

 助かった、という表情で柳木が姿勢を正す。

 まだまだ物申したいことはあったが仕方がない。うまく逃げられたことを恨めしく思いつつ、千花も火照った顔を急いで冷ますのだった。
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