童話書店の夢みるソーネチカ
2. 被虐の少女
「お兄さん奥の机使ってもいいですか?」
火曜日の放課後、バイト先の児童書店『CLOVER』に到着すると、見慣れない少女が店長の柳木と話をしていた。畦編みのニットワンピースの上からキャメル色のランドセルを背負っている。身長から見て小学校中学年ぐらいだろうか。
「うちは図書館じゃないんだぞ……まあいい、静かにできるなら好きに使え」
「ありがとうございます」と女の子は頭を下げた。ベルの音で気づいていたらしく、店の入り口で静かに扉を閉じていた千花に続けて会釈した。
小学生とは思えないほど洗練された動き。まるで彼女がこの店の職員で自分が歓迎されたお客様のような錯覚を覚え、千花はどぎまぎしてしまう。これはお辞儀の練習が必要かもしれない。
まだ少しあどけない声で「それでは」と柳木に断った少女は店の左奥に小走りで進んでいった。
そこには絵本を試し読みできるように三卓の壁付けテーブルが備え付けてある。千花がこれから担当するレジのカウンターの隣だ。しかしそれは初めて来たお客さんなら知る由もないことで。
「あの娘、柳木さんのお知り合いですか?」
柳木との挨拶を終え、バックヤードに行く前に千花はたずねた。
この目つきの悪い店長に頼み事ができるのは、物怖じしない度胸のある子か彼の人柄を知っている子のどちらかだ。どちらもそういないだろうけど。