童話書店の夢みるソーネチカ
 まだ新しいスチールロッカーには『相根』と書かれた名札が取り付けられている。

 掘り込み型の取っ手を手早く引き、セーラー服の上着をハンガーにかけながら、千花は日常になりつつある『CLOVER』での活動を振り返っていた。

 ……読み聞かせの本を探しに行ったのがきっかけだったんだよね。

 柳木とはある事件によって知り合い、読み聞かせの才能を買われてこの店にスカウトされた。

 ここは童話書店だが、子どもやその親とのつながりを大事にする柳木は、月に二回、この店の向かいにある喫茶店で読み聞かせ会を行っている。母親層からの評判はいいと、マスターが教えてくれた。

 しかし肝心の子どもたちには怖がられるみたいで……。

 読み聞かせは場面の盛り上がりに応じて声の強弱や緩急を変える。柳木の声の迫力に反応してしまうのかもしれない。

 そうして子どもに慕われる読み手を探していた柳木に、目をつけられたのが相根千花だった。

 読み聞かせの目的もあるが、彼自身人相の悪さも相まって接客が苦手だったらしい。

 千花も本が好きであり、幼い頃から小学校の先生になるのが夢だった。

 子どもたちと関われる『CLOVER』でのバイトは魅力的で、勧誘されたその日に両親の了解をもらっていた。

 ……いけない急がなくちゃ。

 午後五時頃からは人の入りが多くなってくる。壁にかかる時計は四時五十分を少し過ぎていた。

 ロッカーの扉が奥まで閉じたのを確認して、千花は店内に戻った。
< 9 / 33 >

この作品をシェア

pagetop