さくらの結婚
 午後九時に店を出て、京葉線に乗り、二駅目の稲毛海岸駅で降りた。家までは歩いて十五分ぐらいだ。さくらが寄り道しようと言い出し、海浜公園の方に歩いた。
 
 公園の奥の松林の先に浜辺と海があった。夜の浜辺も海も真っ黒だった。星は見えず、月だけが雲の切れ間から見えている。

 波の音と身が縮む程の冷たい潮風を受けながら、浜辺を歩いた。革靴で歩くには砂浜は歩きにくかった。パンプスを履いてるさくらなんて僕以上に歩きにくいはずなのに、さくらはヨットハーバーがある方に向かってずんずん進んで行く。

「どこまで行くんだ?」

 さくらが立ち止まり、背を向けたまま「わからない」と答えた。

「疲れたよ。寒いし、帰ろう」

 コートの上にマフラーを巻き、手袋までしていたが、耳が痛くなるぐらい一月の海は寒かった。早く帰って温かい風呂に入りたい。

「私の初恋って十才の時だったの」

 背を向けたままさくらが唐突な話を始めた。
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