妹と人生を入れ替えました~皇太子さまは溺愛する相手をお間違えのようです~
 憂炎のことなら何でも知っているつもりだった。生い立ちも性格も、好きなものも、何もかもを知っている気になっていた。
 だけどわたしは、本当は何も知らなかった。
 アイツが『凛風』に何を望むのか、どうして『華凛』をこんな風に扱うのか――――憂炎の何もかもをわたしは知らない。



「失礼します」


 その時、部屋の戸が遠慮がちに開いた。見れば白龍がじとっとした瞳でこちらを見つめている。


「どうした、白龍」


 姿勢を正し、憂炎が白龍に尋ねる。


「宰相が主と話をしたいとのこと。できればご足労願いたい、との伝言でございますが」
 

「ん……分かった。今行く」


 憂炎はそう言うと、唐突にわたしを見つめてきた。
 先程までの甘ったるい表情じゃなくて、挑むような何かを欲するような、そんな瞳。凛風としてのわたしには馴染みの、憂炎らしい表情だった。


(何だよ、憂炎の奴)


 唐突にそんな瞳を向けられると困ってしまう。こんな時に華凛がどうするかなんて、わたしは知らない。想像すらできなかった。


「あの……いってらっしゃいませ」


 何だか居た堪れなくなって、わたしは華凛らしい笑みを浮かべる。すると憂炎は小さくため息を吐き、もう一度わたしの頭を撫でてから踵を返す。憂炎が部屋を出た途端、わたしは思わずため息を吐いた。


(疲れる……マジで疲れる)


 毎日毎日こんな調子なのだ。帰宅後は疲労困憊だった。侍女の紀柳が淹れてくれるお茶が、ここ数日やけに美味しく感じられる。身体はさして疲れていないものの、胸のあたりがズドンと重い。どうやらこれが心労というものらしい。


(…………あれ?)


 再び溜息を吐きそうになったその時、わたしはふと誰かの視線を感じた。ゆっくりと視線を彷徨わせれば、その先に白龍を見つける。彼は憂炎について行ったものと思っていたが、部屋に残っていたらしい。仕事は山ほど溜まっているし、他にも護衛がいるからだろう。


(白龍と二人きりになるのってそういや初めてだなぁ)


 この数日間で分かったのは、白龍は優秀らしいという表面的な事実だけだった。

 最初は恵まれた体躯から武官だとばかり思っていたのだが、白龍はどうやら文官として登用されているらしい。口数が少なく控えめだが、仕事はそつ無くこなしているし、憂炎が望むことをいつも先回りして終わらせている。綺麗だけど男性らしい勢いのある文字をしていて、そういう性格なんだろうなぁって勝手に邪推している。――――というか、そういうことからしか白龍がどういう人間が読み取る術がなかった。


(憂炎が側近に置いてるぐらいだし、信用の出来る男なんだろうけど)


 残念ながら口を開くこと自体が稀なので、このままではちっとも白龍と仲良くなれる気がしない。わたしはそれが、とても残念だった。
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