妹と人生を入れ替えました~皇太子さまは溺愛する相手をお間違えのようです~
「そういうおまえは仕事中じゃないのか?」
暗に『会いに行くな』と釘を刺され、わたしは唇を尖らせる。
こんなところで油を売ってる暇があるなら、華凛や白龍を手伝いに行けば良いのに。そうしたら華凛の手が早く空く。わたし達が入れ替わるためのタイミングを見計らいやすくなるのに。
そう思ったその時、憂炎は唐突にわたしのことを抱き締めた。湯浴みの後とは違う――衣装に焚きつけた香の薫りが鼻腔を強く擽る。
「……何だよ?」
平静を装いつつ、わたしは尋ねた。
二ヶ月やそこらでは、こういう行為への耐性は付かなかった。心臓はドキドキ鳴り響くし、体温は一気に上がるし、ソワソワして物凄く落ち着かない。下手すりゃ初めの頃の方がマシだったんじゃないかってぐらい、動揺してしまう。
「理由がないと抱き締めちゃいけないのか?」
憂炎は腕に力を込めながら、質問に質問を返した。
「そんなこと、わたしに聞くなよ」
ダメとか良いとか、そんなこと、考えたことが無かった。
そもそも理由がないのに抱き締めようと思う、その心理がよく分からない。
(だけど)
憂炎の腕の中は安心するし、心地が良い。嫌か、嫌じゃないかって聞かれたら、嫌じゃなかった。
「凛風」
何かを請う様にして、憂炎はわたしの名を口にした。抱き締めるというより縋りつかれている。そんな奇妙な感覚に、心臓が音を立てて軋む。
「……ほら、もう準備しなきゃだろ?」
思わずわたしは、憂炎を押し返していた。
憂炎は唇を固く引き結び、視線を逸らしながら頷く。どうやら今日は情緒不安定らしい。よしよし、と頭を撫でてやると、拗ねた子どものような表情を浮かべた。
「――――ってくるよな?」
「え?」
ぼそりと何事かを呟きつつ、憂炎がわたしのことを真っ直ぐに見つめる。
奴が何て尋ねたかは分からない。だけど、今にも泣き出しそうな表情に、何だか居た堪れない気持ちになる。
「いや――――なんでもない」
憂炎はそう言って、わたしの右手をそっと握った。指先に触れる冷やりとした感触。やがてそれは手首の方へと移動していく。
「なに、これ?」
腕を目の前に掲げてみる。そこには宝玉を連ねて作られたブレスレットが輝いていた。
神秘的な光を秘めた幾つもの宝玉。憂炎の瞳を思わせる紅色の石に、対照的な白銀の石。これまで目にしたどんな宝飾品よりも美しいそのブレスレットに、わたしはひっそりと息を呑む。
「……凛風が持ってて」
「おい、質問の答えになってないぞ?」
苦笑混じりにそう尋ねたら、憂炎はわたしの手をそっと撫で、触れるだけのキスを落とした。
「おい……」
「凛風が持っていてくれ」
憂炎はもう一度、強請るようにそう口にした。真剣な眼差しに熱い手のひら。別に断る気なんてなかったのに、こんな風に改まった様子で頼まれると、なんだか落ち着かなくなる。
「わかったよ」
そう言って笑えば、憂炎は最後にもう一度、わたしの額に口づけた。それから名残惜しそうにわたしを見つめ、ゆっくりと天幕を後にする。
「凛風さまと東宮さまは、本当に仲睦まじいですわね」
天幕の隅に控えていた侍女達が、うっとりとため息を吐く。
(そうか?)
侍女たちとは布一枚隔てていたし、会話もよく聞こえなかったのだろう。憎まれ口ばかり叩いているわたしたちでも、傍から見れば『仲睦まじい』になるのだろうか。
大きく首を傾げながら、わたしは右手に輝くブレスレットを黙って見つめたのだった。
暗に『会いに行くな』と釘を刺され、わたしは唇を尖らせる。
こんなところで油を売ってる暇があるなら、華凛や白龍を手伝いに行けば良いのに。そうしたら華凛の手が早く空く。わたし達が入れ替わるためのタイミングを見計らいやすくなるのに。
そう思ったその時、憂炎は唐突にわたしのことを抱き締めた。湯浴みの後とは違う――衣装に焚きつけた香の薫りが鼻腔を強く擽る。
「……何だよ?」
平静を装いつつ、わたしは尋ねた。
二ヶ月やそこらでは、こういう行為への耐性は付かなかった。心臓はドキドキ鳴り響くし、体温は一気に上がるし、ソワソワして物凄く落ち着かない。下手すりゃ初めの頃の方がマシだったんじゃないかってぐらい、動揺してしまう。
「理由がないと抱き締めちゃいけないのか?」
憂炎は腕に力を込めながら、質問に質問を返した。
「そんなこと、わたしに聞くなよ」
ダメとか良いとか、そんなこと、考えたことが無かった。
そもそも理由がないのに抱き締めようと思う、その心理がよく分からない。
(だけど)
憂炎の腕の中は安心するし、心地が良い。嫌か、嫌じゃないかって聞かれたら、嫌じゃなかった。
「凛風」
何かを請う様にして、憂炎はわたしの名を口にした。抱き締めるというより縋りつかれている。そんな奇妙な感覚に、心臓が音を立てて軋む。
「……ほら、もう準備しなきゃだろ?」
思わずわたしは、憂炎を押し返していた。
憂炎は唇を固く引き結び、視線を逸らしながら頷く。どうやら今日は情緒不安定らしい。よしよし、と頭を撫でてやると、拗ねた子どものような表情を浮かべた。
「――――ってくるよな?」
「え?」
ぼそりと何事かを呟きつつ、憂炎がわたしのことを真っ直ぐに見つめる。
奴が何て尋ねたかは分からない。だけど、今にも泣き出しそうな表情に、何だか居た堪れない気持ちになる。
「いや――――なんでもない」
憂炎はそう言って、わたしの右手をそっと握った。指先に触れる冷やりとした感触。やがてそれは手首の方へと移動していく。
「なに、これ?」
腕を目の前に掲げてみる。そこには宝玉を連ねて作られたブレスレットが輝いていた。
神秘的な光を秘めた幾つもの宝玉。憂炎の瞳を思わせる紅色の石に、対照的な白銀の石。これまで目にしたどんな宝飾品よりも美しいそのブレスレットに、わたしはひっそりと息を呑む。
「……凛風が持ってて」
「おい、質問の答えになってないぞ?」
苦笑混じりにそう尋ねたら、憂炎はわたしの手をそっと撫で、触れるだけのキスを落とした。
「おい……」
「凛風が持っていてくれ」
憂炎はもう一度、強請るようにそう口にした。真剣な眼差しに熱い手のひら。別に断る気なんてなかったのに、こんな風に改まった様子で頼まれると、なんだか落ち着かなくなる。
「わかったよ」
そう言って笑えば、憂炎は最後にもう一度、わたしの額に口づけた。それから名残惜しそうにわたしを見つめ、ゆっくりと天幕を後にする。
「凛風さまと東宮さまは、本当に仲睦まじいですわね」
天幕の隅に控えていた侍女達が、うっとりとため息を吐く。
(そうか?)
侍女たちとは布一枚隔てていたし、会話もよく聞こえなかったのだろう。憎まれ口ばかり叩いているわたしたちでも、傍から見れば『仲睦まじい』になるのだろうか。
大きく首を傾げながら、わたしは右手に輝くブレスレットを黙って見つめたのだった。