妹と人生を入れ替えました~皇太子さまは溺愛する相手をお間違えのようです~

18.練習

 じりじりと太陽が肌を焼く。だけど気まぐれに吹き抜ける風が物凄く気持ち良くて、わたしは思いっきり天を仰いだ。


(やっぱ身体動かすと気持ち良いなぁーーーー)


 今日は公休日。わたしは京のはずれにある、とある道場に来ていた。

 本当はわたしや憂炎が通っていた道場に行きたかったのだけど、『華凛』として行っても思う存分身体を動かすことができない。師範や周囲に違和感を抱かせてはいけないからだ。


(華凛も十分強いんだけどねぇ)


 華凛は非力なため、どちらかというと武器で力を補うタイプだ。動き方も効率重視で、わたしのように全力で身体を動かしたりはしない。
 だけど、折角好きなことをするんだもん。思う存分楽しみたい。

 だから、わたしのことを全然知らない別の道場を紹介してもらって、こうして良い汗を流した、というわけだ。


(暑い……頭がくらくらする)


 修練を終えた今、わたしは道場を離れ、少し離れた石段の上にひとりで座っている。

 二ヶ月に及ぶ後宮生活は、わたしの体力をすっかり奪っていた。そりゃあ、後宮内で鍛錬をしたこともあるけど、今日のそれは、あれとはちっともレベルが違う。
 そもそも、華凛として生活をすることになって、以前よりも大人しい生活を送っていたのだ。身体が鈍って当然だ。

 季節やペース配分を考えずに飛ばしたため、罰が当たった。好きなことを楽しんだ結果だし、ここで倒れても後悔はないけど、己の馬鹿さ加減に嫌気が差す。


「――――ほら」


 ため息を吐いたその時、頬に冷やりとした何かが押し当てられた。青臭い竹の香りと、嫌って程聞き慣れた声。見上げれば、憂炎が呆れたような表情を浮かべ、佇んでいた。


「まぁ、憂炎。どうしてここへ?」

「……良いから。早く水分補給しないと倒れるぞ」


 問いかけには答えないまま、憂炎は竹筒をわたしの唇へと押し付ける。そのまま勢いよく水が流れ落ち、唇を濡らす。程よく冷えた液体。口を開けて飲み干せば、枯渇した身体が潤うような心地がした。


「少しは落ち着いたか?」


 そう言って憂炎は、わたしの額をそっと撫でる。風のおかげで表面は乾いているけど、内側は火照っていて、まだまだ熱い。憂炎は傍らに控えていた白龍から新しい竹筒を受け取ると、もう一度わたしの唇に押し当てた。


「憂炎ったら……過保護ですわね。水分補給位、自分でできますわ」

「嘘吐け。熱中すると、他のことはすぐ忘れるだろう?」


 憂炎はキッパリとそう言い切り、再び雑に竹筒を傾ける。おかげで服がビショビショだ。


「替えの服は? 持ってきてるのか?」

「えっと……」


 そんなもの、当然持ってきていない。
 水でビショビショになるなんて想定外だし、汗ぐらいなら気にしない。その辺をブラブラしながら乾かして帰れば、それで済む話だったんだもん。

 だけど、それは『凛風』なら、の話だ。
 
 『華凛』は絶対そんなことはしない。事前にきちんと替えの服を用意して、身体を動かしてきたことなんて微塵も感じさせない、涼しい顔で京を歩くのだ。

 だって、憂炎が来るなんて思ってもみなかったし。そんな小道具にまで気が回らなかったのだから仕方がない。


「それが、うっかり着替えを忘れてきてしまいまして」


 苦しい言い訳。
 憂炎が白龍に目配せをする。白龍は何も言わずにコクリと頷くと、そっとその場を離れた。


「白龍がすぐに着替えを持ってくる」

「助かりますわ。ありがとうございます」


 本当は着替えが必要になったのは憂炎のせいだし、お礼なんて言う必要ないと思うけど。今のわたしは『華凛』だ。腹は立てども仕方がない。

 憂炎は帰るのかと思いきや、わたしの隣に腰を落とし、こちらをじっと見つめてきた。
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