スキナダケ
「夕海。夕海は何か言っときたいことある?最後だし何か言ってあげなよ」

「ごめ…ん…ね…」

夕海の声はひどく掠れていて小さかった。

登山客なんて居ない。
ひっそりとした山の一角だからなのか、あんなに小さな声なのに夕海の声だけがはっきりと聴こえるのが不思議だった。

夕海も立ち上がってゆっくりとハナ達の所まで来た。

立ったまま彼氏を見下ろして、言った。

「私のせいでごめんなさい…。こんなことになるなんて思ってなかった。ハナちゃんが人とは違う趣味っていうか…特性があることは知ってた。でも…私への気持ちがこんなに強いなんて知らなかったの」

「嘘」

「嘘じゃない!もっと家族みたいにライトな物だって思ってた…」

「家族?家族!アハハ!笑わせないでよ。ハナが家族への感情がどんな物かなんて知るわけないじゃん!確かにお父さんはハナの為によくしてくれたよ?でもハナはいっつも一人だった。ハナの気持ちを知らなかったなんて嘘だよね?だって夕海、君が言ったんだよ?自分だけの物になれって。夕海がハナを飼ってくれるって。ハナの心の隙間を知ってて言ったんだよね!?依存するように仕向けたんだよね!?知らなかったなんて虫が良すぎるじゃん!」

「私はッ…!私は…ただハナちゃんに憧れてた。自分の物にできたらいいなって確かに思ってたよ。こんな人を独占出来たらどんなにいいだろうって…。だから私だけの物になってって軽率な発言でハナちゃんを苦しめることになったし彼のこともこんな目に遭わせてしまって…後悔してる…こんな風になるなんて思ってなかったの…」

「後悔なんて言わないでよ。ハナは初めてハナを独占したいって感じてくれる人に出会えて嬉しかった。だから夕海だけの物になりたかった」

泣きじゃくる夕海の涙を止める術を、ハナは知らない。
どれだけの言葉を口にしても、ハナにはもう夕海を笑顔にしてあげることは出来ない。
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