政略結婚から逃げたいのに旦那様から逃げられません
噴水広場は王都の人達の待ち合わせ場所に使われることが多い。
そのため多くの人がそこで約束の相手を待っている。
それでもすぐにルイスレーン様がどこにいるのかわかった。
長い足を組んで噴水の縁に腰掛けている彼の前に女性が二人立っていて、三人で何やら話しているのが見えた。
ここから声は聞こえなかったが、ルイスレーン様が真っ直ぐこちらに腕を伸ばして彼女たちがその方向を見る。
それからまた彼女たちはルイスレーン様の方を向いて何かを話をしていたが、ルイスレーン様が首を振るとやがて二人は手を振って離れていった。
「奥さんがいるんだって残念」
「そりゃあ、いるわよね。あんなにカッコいいなら」
「あ~ん、好みだったのにぃ」
私の横を通りすぎる彼女たちが話をしている内容が聞こえた。
「クリスティアーヌ」
私を見つけたルイスレーン様が立ち上がって駆け寄ってきた。
その声に気づいたさっきの女性たちが一瞬こちらを見た。
「え、あの人?」
「え~思っていたのと違う。ああいうのが好みなの?」
「あんたの方が美人じゃない」
二人でこそこそと耳打ちしながら立ち去っていく。
「遅かった。もう少し遅くなるようなら様子を見に行こうと……」
「彼女たち……」
ルイスレーン様が側に来て、私が二人を見ていることに気づいて彼もそちらを見た。
「キャッ、こっち見た」
「やだ、聞こえてた?」
私たちが自分たちを見たことに気づいて慌てて走り去っていった。
「道を訊かれたので教えてあげた」
「道を?」
さっきの彼女たちの会話からそれを聞いてピンと来るものがあった。
「ああ」
「もしかして、それって飲食店か何かで、そこまで連れていって欲しいとか言われました?」
「どうしてわかる?」
ルイスレーン様が驚く。
「私が来るまでに何人の女性に声をかけられました?」
「どうして彼女たちだけでないとわかった?見ていたのか?どこかに美味しいお茶が飲めるところを知らないかとか、横に座ってもいいかとか、これからどこかに行く予定はあるのかとか、初対面なのに馴れ馴れしく声をかけてきた」
また驚いて私に訊ね返すのを見て思わずため息を吐いた。
「どうした?」
「それは逆ナンです」
「逆?それはどういう意味だ?」
「つまり、ルイスレーン様を見て彼女たちはお近づきになりたいと思ったのです。男性として」
「は?」
彼の反応を見て無自覚なんだなと、予想はついたが納得した。
「妻を待っているからここを動けないとか、おっしゃったのでしょう?」
「当たり前だ。その人達には悪いが、私にも大事な用がある。あれだけ広い場所なのにわざわざ私の横に座る必要もないだろうに」
彼女たちの呆れ顔が目に浮かぶ。
必死のアプローチもまったく通じていないのだから。
「女性はいつのまにあんなに積極的になったのだ。あれがいたいけな子どもやか弱いご老人ならいざ知らず、妻がいるのにそのような浮わついたことなど出来るわけがない」
ビックリするくらい硬派な言葉だった。
そのうえ、私のことを特別な存在のように言ってくれて、嬉しいと思う自分がいる。
「それより、なぜ二つも持っている?」
私の両手にひとつずつあるクレープを見てルイスレーン様が訊ねる。
「私とルイスレーン様の分です」
「私の?……しかし私は……あなたの分だけでよかったのに」
やはり自分が食べたかったのではなく、私のために寄ろうとしてくれていたのだ。
「一人だけ食べるなんてできません。それに、これはルイスレーン様のために特別に作ってもらったんです」
「私のための特別?どういうことだ?」
「とにかく、食べてください」
ひとつを差しだし、ルイスレーン様がそれを不思議そうに受け取る。
「あちらに座りましょう」
もう一度噴水の側に行き、二人で腰を降ろした。
「それは…何だか甘い香りがするな。何が入っているのだ?」
私の持っている方を見て訊ねる。
「シナモン……香辛料の一種です。この匂いお好きですか?苦手な人もいるので」
クレープを彼の鼻の側に近づけ、匂いがわかるようにする。
「特に気にはならない。いい香りだと思う。それで、こっちが私用の特別なものとは…」
「食べてみてください」
クレープの外見を見てからルイスレーン様はひとくち噛る。
「特に何もないが……確かに甘いものは入っていないようだ」
「もう少し食べてください。そこは生地だけだと思います」
素直に更にふたくち食べ進めると、ようやく中身が何か気が付いたようだ。
「チーズか………それとこれはハム?」
「はい。お店の人の賄い用ですが、甘くないものの方がいいと思って試しに作ってもらいました。本当は何かソースがあった方がいいのですが……」
「私のためにわざわざ特別に頼んでくれたのか?」
「はい。私の後ろに並んでいた方も旦那さんにって頼まれていました。お店の人がいいことを教えてもらったとおまけしてくれまして……」
「私のために………」
ルイスレーン様は私の話が耳に入っていないのか、じっとクレープを見てぶつぶつと呟いていた。
そのため多くの人がそこで約束の相手を待っている。
それでもすぐにルイスレーン様がどこにいるのかわかった。
長い足を組んで噴水の縁に腰掛けている彼の前に女性が二人立っていて、三人で何やら話しているのが見えた。
ここから声は聞こえなかったが、ルイスレーン様が真っ直ぐこちらに腕を伸ばして彼女たちがその方向を見る。
それからまた彼女たちはルイスレーン様の方を向いて何かを話をしていたが、ルイスレーン様が首を振るとやがて二人は手を振って離れていった。
「奥さんがいるんだって残念」
「そりゃあ、いるわよね。あんなにカッコいいなら」
「あ~ん、好みだったのにぃ」
私の横を通りすぎる彼女たちが話をしている内容が聞こえた。
「クリスティアーヌ」
私を見つけたルイスレーン様が立ち上がって駆け寄ってきた。
その声に気づいたさっきの女性たちが一瞬こちらを見た。
「え、あの人?」
「え~思っていたのと違う。ああいうのが好みなの?」
「あんたの方が美人じゃない」
二人でこそこそと耳打ちしながら立ち去っていく。
「遅かった。もう少し遅くなるようなら様子を見に行こうと……」
「彼女たち……」
ルイスレーン様が側に来て、私が二人を見ていることに気づいて彼もそちらを見た。
「キャッ、こっち見た」
「やだ、聞こえてた?」
私たちが自分たちを見たことに気づいて慌てて走り去っていった。
「道を訊かれたので教えてあげた」
「道を?」
さっきの彼女たちの会話からそれを聞いてピンと来るものがあった。
「ああ」
「もしかして、それって飲食店か何かで、そこまで連れていって欲しいとか言われました?」
「どうしてわかる?」
ルイスレーン様が驚く。
「私が来るまでに何人の女性に声をかけられました?」
「どうして彼女たちだけでないとわかった?見ていたのか?どこかに美味しいお茶が飲めるところを知らないかとか、横に座ってもいいかとか、これからどこかに行く予定はあるのかとか、初対面なのに馴れ馴れしく声をかけてきた」
また驚いて私に訊ね返すのを見て思わずため息を吐いた。
「どうした?」
「それは逆ナンです」
「逆?それはどういう意味だ?」
「つまり、ルイスレーン様を見て彼女たちはお近づきになりたいと思ったのです。男性として」
「は?」
彼の反応を見て無自覚なんだなと、予想はついたが納得した。
「妻を待っているからここを動けないとか、おっしゃったのでしょう?」
「当たり前だ。その人達には悪いが、私にも大事な用がある。あれだけ広い場所なのにわざわざ私の横に座る必要もないだろうに」
彼女たちの呆れ顔が目に浮かぶ。
必死のアプローチもまったく通じていないのだから。
「女性はいつのまにあんなに積極的になったのだ。あれがいたいけな子どもやか弱いご老人ならいざ知らず、妻がいるのにそのような浮わついたことなど出来るわけがない」
ビックリするくらい硬派な言葉だった。
そのうえ、私のことを特別な存在のように言ってくれて、嬉しいと思う自分がいる。
「それより、なぜ二つも持っている?」
私の両手にひとつずつあるクレープを見てルイスレーン様が訊ねる。
「私とルイスレーン様の分です」
「私の?……しかし私は……あなたの分だけでよかったのに」
やはり自分が食べたかったのではなく、私のために寄ろうとしてくれていたのだ。
「一人だけ食べるなんてできません。それに、これはルイスレーン様のために特別に作ってもらったんです」
「私のための特別?どういうことだ?」
「とにかく、食べてください」
ひとつを差しだし、ルイスレーン様がそれを不思議そうに受け取る。
「あちらに座りましょう」
もう一度噴水の側に行き、二人で腰を降ろした。
「それは…何だか甘い香りがするな。何が入っているのだ?」
私の持っている方を見て訊ねる。
「シナモン……香辛料の一種です。この匂いお好きですか?苦手な人もいるので」
クレープを彼の鼻の側に近づけ、匂いがわかるようにする。
「特に気にはならない。いい香りだと思う。それで、こっちが私用の特別なものとは…」
「食べてみてください」
クレープの外見を見てからルイスレーン様はひとくち噛る。
「特に何もないが……確かに甘いものは入っていないようだ」
「もう少し食べてください。そこは生地だけだと思います」
素直に更にふたくち食べ進めると、ようやく中身が何か気が付いたようだ。
「チーズか………それとこれはハム?」
「はい。お店の人の賄い用ですが、甘くないものの方がいいと思って試しに作ってもらいました。本当は何かソースがあった方がいいのですが……」
「私のためにわざわざ特別に頼んでくれたのか?」
「はい。私の後ろに並んでいた方も旦那さんにって頼まれていました。お店の人がいいことを教えてもらったとおまけしてくれまして……」
「私のために………」
ルイスレーン様は私の話が耳に入っていないのか、じっとクレープを見てぶつぶつと呟いていた。