政略結婚から逃げたいのに旦那様から逃げられません
もう一箇所行きたいところがある。
ルイスレーン様がそう言うので、クレープを食べ終えて馬の所まで戻り、再び馬に乗って王都の街中を抜けて見晴らしのいい丘に向かった。
ルイスレーン様はチーズとハムのクレープを美味しそうに食べてくれた。
この前ルーティアスさんに今度は旦那様と。と言われたクレープを、思ったより早く食べられたことに内心驚いていた。
私を連れていきたい所なのか、彼が行きたい所なのかわからないので、彼の腕に囲われながら流れる景色を眺めながら進んだ。
侯爵邸や一部の場所しか足を運んだことがなかった私の目には区画ごとに少しずつ様子が変わる街中を見ているだけで楽しかった。
どこか東ヨーロッパの歴史的建造物を思わせる教会やカラフルな壁の家々。職人の工房はそれぞれ何の工房かわかる看板や外装をしていて、あれはガラス職人、あれは皮職人、あっちは?と馬上でキョロキョロしながら当てっこをしていく。
私が言葉に詰まるとすかさずルイスレーン様が教えてくれる。
その度に彼の低い声とともに吐く息がわすがに頬を擽り落ち着かなくなった。
丘の上に着いて馬を降りると、ポケットから出した懐中時計を見て「もう少しだ」と言って鞍の横に付けた袋からブランケットを取り出して草地に広げた。
「ここは私の気に入りの場所だ。夕陽が差すと王宮や高い尖塔や建物の屋根がとても綺麗な色に染まる」
ブランケットとともに取り出した水の入った袋から木のコップに水を注ぎ、ブランケットに座った私に手渡してくれた。
「ありがとうございます」
ルイスレーン様も私の隣に座り、同じく水を飲み干す。
「その……もっと格式のある店や流行りの劇場に連れていってもよかったのだが……生憎私はそう言う場所が苦手で……気に入らなかったらすまない」
頭を下げて彼が謝る。
「フォルトナー先生のお宅も楽しかったですし、クレープも美味しかったし、馬に乗ってここまで来るのも楽しかったです。夕陽もどんなのか楽しみです」
「そう言ってもらえると嬉しい……」
口角が弛んだので、彼が笑ったのがわかった。
「ところで……さっきの噴水広場でのことだが……嫌ではなかったか?」
「さっきの?」
何かあっただろうかと小首を傾げる。
「あなたを待っている間に何人かの女性が声をかけてきたと……あれが私を誘っているのだとあなたは言うが、私にその気は全くないのに、私が誘って欲しそうに見えたということか?」
彼は自分が無意識に物欲しそうに見えたのかと気にしている。
「彼女たちの目にどう映ったかは私にはわかりませんが、ルイスレーン様が素敵だったからではないですか?実はクレープを買う時も、列に並んでいた子どもを連れた方に素敵だと言われました。確かに背が高くて精悍で、素敵ですもの。側にいるのが私で、不釣り合いだと思われているんではないでしょうか」
広場で聞こえた声を思い出す。
クリスティアーヌの見た目は嫌いではないが、彼にはもっと豪華な美女がお似合いだろう。
「不釣り合い……誰がそんなことを!」
持っていたカップを落としてルイスレーン様が私に詰め寄った。
「私が来る直前にルイスレーン様に声をかけていた二人が、連れが私だと知ってそのようなことを……」
「そんなことを………」
彼女たちのことを思いだし、ギリギリと唇を噛みしめて歯の奥から声を絞り出す。
眼力だけで射殺しそうな感じだ。
「私は気にしていません。実際、私は人並みですし……」
「そんなことはない。あなたは十分綺麗だ」
面と向かってそんなことを言われて、嬉しいより照れ臭さが勝った。
慌てて周りを見渡し、誰も聞いていないことを確認する。
「お世辞でも嬉しいです。でも私に気を遣っていただく必要は……」
「世辞ではない。どうしてあなたはそんなに自分を卑下するのだ。他の人がどう思おうと、私は気に入っている」
「あ、ありがとう………ございます」
歯に衣着せぬ言葉に顔が赤くなるのを感じて顔を附せる。
これでは私が夕陽に染まっているみたいだ。
「他の女性の目から見て私の容姿が好ましいとしても、それだけで評価されるのは不本意だ。実際の私は妻が何を考えて、何が好きで、何がしたいのかわからず狼狽えるような不出来な夫だ」
「そんなことは……」
カップを拾い上げ、空になったそれを弄びながら今度はルイスレーン様が自分を卑下する。
「ルイスレーン様は十分に立派な方です。夜会の時も私が気後れしないように、勇気づけて下さいましたし、今日だってこんな素敵な場所に連れてきて下さいました。私を喜ばそうとたくさんのことをしてくださいました。それに、先生のお宅で言っていただいたこと。私のことで誰かに嫉妬されるなんて……嘘でも嬉しかった」
「嘘も世辞も言わない。自分の考えや気持ちをうまく表現できないこともあるし、空回ったりするが、あなたに向ける気持ちに嘘偽りはない」
その時、六時を告げる鐘の音が鳴った。
「そろそろか……」
ルイスレーン様が立ち上がって、私に手を伸ばしてくれたので私も立ち上がる。
西の空に山の向こう側に沈みかける大きな太陽が見えた。
ルイスレーン様がそう言うので、クレープを食べ終えて馬の所まで戻り、再び馬に乗って王都の街中を抜けて見晴らしのいい丘に向かった。
ルイスレーン様はチーズとハムのクレープを美味しそうに食べてくれた。
この前ルーティアスさんに今度は旦那様と。と言われたクレープを、思ったより早く食べられたことに内心驚いていた。
私を連れていきたい所なのか、彼が行きたい所なのかわからないので、彼の腕に囲われながら流れる景色を眺めながら進んだ。
侯爵邸や一部の場所しか足を運んだことがなかった私の目には区画ごとに少しずつ様子が変わる街中を見ているだけで楽しかった。
どこか東ヨーロッパの歴史的建造物を思わせる教会やカラフルな壁の家々。職人の工房はそれぞれ何の工房かわかる看板や外装をしていて、あれはガラス職人、あれは皮職人、あっちは?と馬上でキョロキョロしながら当てっこをしていく。
私が言葉に詰まるとすかさずルイスレーン様が教えてくれる。
その度に彼の低い声とともに吐く息がわすがに頬を擽り落ち着かなくなった。
丘の上に着いて馬を降りると、ポケットから出した懐中時計を見て「もう少しだ」と言って鞍の横に付けた袋からブランケットを取り出して草地に広げた。
「ここは私の気に入りの場所だ。夕陽が差すと王宮や高い尖塔や建物の屋根がとても綺麗な色に染まる」
ブランケットとともに取り出した水の入った袋から木のコップに水を注ぎ、ブランケットに座った私に手渡してくれた。
「ありがとうございます」
ルイスレーン様も私の隣に座り、同じく水を飲み干す。
「その……もっと格式のある店や流行りの劇場に連れていってもよかったのだが……生憎私はそう言う場所が苦手で……気に入らなかったらすまない」
頭を下げて彼が謝る。
「フォルトナー先生のお宅も楽しかったですし、クレープも美味しかったし、馬に乗ってここまで来るのも楽しかったです。夕陽もどんなのか楽しみです」
「そう言ってもらえると嬉しい……」
口角が弛んだので、彼が笑ったのがわかった。
「ところで……さっきの噴水広場でのことだが……嫌ではなかったか?」
「さっきの?」
何かあっただろうかと小首を傾げる。
「あなたを待っている間に何人かの女性が声をかけてきたと……あれが私を誘っているのだとあなたは言うが、私にその気は全くないのに、私が誘って欲しそうに見えたということか?」
彼は自分が無意識に物欲しそうに見えたのかと気にしている。
「彼女たちの目にどう映ったかは私にはわかりませんが、ルイスレーン様が素敵だったからではないですか?実はクレープを買う時も、列に並んでいた子どもを連れた方に素敵だと言われました。確かに背が高くて精悍で、素敵ですもの。側にいるのが私で、不釣り合いだと思われているんではないでしょうか」
広場で聞こえた声を思い出す。
クリスティアーヌの見た目は嫌いではないが、彼にはもっと豪華な美女がお似合いだろう。
「不釣り合い……誰がそんなことを!」
持っていたカップを落としてルイスレーン様が私に詰め寄った。
「私が来る直前にルイスレーン様に声をかけていた二人が、連れが私だと知ってそのようなことを……」
「そんなことを………」
彼女たちのことを思いだし、ギリギリと唇を噛みしめて歯の奥から声を絞り出す。
眼力だけで射殺しそうな感じだ。
「私は気にしていません。実際、私は人並みですし……」
「そんなことはない。あなたは十分綺麗だ」
面と向かってそんなことを言われて、嬉しいより照れ臭さが勝った。
慌てて周りを見渡し、誰も聞いていないことを確認する。
「お世辞でも嬉しいです。でも私に気を遣っていただく必要は……」
「世辞ではない。どうしてあなたはそんなに自分を卑下するのだ。他の人がどう思おうと、私は気に入っている」
「あ、ありがとう………ございます」
歯に衣着せぬ言葉に顔が赤くなるのを感じて顔を附せる。
これでは私が夕陽に染まっているみたいだ。
「他の女性の目から見て私の容姿が好ましいとしても、それだけで評価されるのは不本意だ。実際の私は妻が何を考えて、何が好きで、何がしたいのかわからず狼狽えるような不出来な夫だ」
「そんなことは……」
カップを拾い上げ、空になったそれを弄びながら今度はルイスレーン様が自分を卑下する。
「ルイスレーン様は十分に立派な方です。夜会の時も私が気後れしないように、勇気づけて下さいましたし、今日だってこんな素敵な場所に連れてきて下さいました。私を喜ばそうとたくさんのことをしてくださいました。それに、先生のお宅で言っていただいたこと。私のことで誰かに嫉妬されるなんて……嘘でも嬉しかった」
「嘘も世辞も言わない。自分の考えや気持ちをうまく表現できないこともあるし、空回ったりするが、あなたに向ける気持ちに嘘偽りはない」
その時、六時を告げる鐘の音が鳴った。
「そろそろか……」
ルイスレーン様が立ち上がって、私に手を伸ばしてくれたので私も立ち上がる。
西の空に山の向こう側に沈みかける大きな太陽が見えた。