政略結婚から逃げたいのに旦那様から逃げられません
まさか宿題だと言われて書いていた手紙が夫の元へ届けられていたとは思わず、恥ずかしいやら情けないやらで、私は先生に抗議した。

「ひどいじゃないですか、私は宿題だから書いたのであって、まさか送るなんて……そんなつもりで書いたんじゃ……まさか今までのは全部……」

「全てダレクに預けました。断りもなく送ったのは申し訳なかった。ですが、せっかく結婚したのに、戦地に届くのが執事からの色気のない報告ばかりでは、ルイスレーン様もお気の毒だと……教え子を思うゆえです。お許しください」

「う………」

先生は私の痛いところを突いた。

「でもそれは、互いに思いあってこそ……私は彼のことを覚えておりませんし……その、彼だってそこまで私のことを思っているはずは……」

「この1ヶ月こうやって勉強を見させていただきましたが、クリスティアーヌ様は記憶を失くすということがあったにも関わらずとても前向きで、そのお人柄に痛く感心しております」

「あ、ありがとう……ございます」

「聞けばクリスティアーヌ様も色々とご苦労されているご様子。そんなクリスティアーヌ様をルイスレーン様が大切に思わない筈がありません。こう見えてだてに歳をとっているだけではございませんよ。人を見る目はあるつもりです」

「そういうものでしょうか……」

人柄を誉められてはあまりきついことも言えなくなってしまった。
これが年の功というものなのだろうか。

「はっ!そうではなく、あれは私の想像の中のルイスレーン様を思って書いたものであって、本当にルイスレーン様が読んだら変だと思われます……と言うか、何を夢見ているのかと笑われそうで、恥ずかしい」

「ルイスレーン様はクリスティアーヌ様の手紙を読んで笑う方ではありません。私は彼が三歳から十二歳になるまで指導させていただきましたが、彼が子どもらしく笑うのも見たことがないくらいですから」

「え………」

先生の言葉に私は驚いた。

「大きな声どころか愛想笑いも見たことがなく。いつもしかめ面をして、表情筋が死んでいるのではないかと思っています」

ダレクさんたちから聞いた彼の生い立ちについての話を思いだし、それも仕方ないのではと思う。
無条件に愛情を注いでくれる母親が亡くなり、父親は彼に厳しく教育するあまり、きっと彼を抱き締めてはくれなかったのだろう。

小さい頃のルイスレーン様が一人寂しく泣いている姿を想像し、思わず母性本能が目覚めそうになった。

違う。これは私の想像の中の彼で、彼が本当にそうだったかはわからない。

第一すでに彼は立派な大人だ。体格だって私より大きい。今の彼に母性本能なんて感じてどうする。

「倒れられる前のクリスティアーヌ様を存じ上げませんが、こちらにこられたばかりの頃に比べたら、随分表情が豊かになられたとマリアンナたちが申しておりました」

俯いたままの私に先生が声をかける。
そんな風に皆に思われていたとは知らなかった。

「きれいな物は素直にキレイだと言い、美味しい物は美味しいと言う。そしてそれを自分だけでなく、皆と分かち合おうとされる。素晴らしいことだと思います。私の手紙の宿題もとても素直に受け止められ、そんなクリスティアーヌ様がルイスレーン様の伴侶となられて、私は安心しております」

「先生……買いかぶり過ぎです。第一、先生がそう思ってくれたところで、ルイスレーン様の好みが私とは限りません」

何を私は言っているのだろう。先生の全てを達観したような口ぶりに、思わずずっと抱えていた不安を口にした。
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