政略結婚から逃げたいのに旦那様から逃げられません
口づけと胸の愛撫に惚けていた私の耳に、彼の言葉が入ってきて止まっていた思考が動き出す。
私が逃げたかったのは、彼からなのか、別の何かなのか。
「そんな顔でいつまでも見ているものではない」
すっと視線をそらして少し困ったように彼が言う。
「そんな顔……?」
どんな顔をしていたのかと、自分の顔に触れる。
「もしかして、少しは私を意識してくれているのか?」
「え……」
指摘されて顔が赤くなったのがわかる。
「気持ち悪くないですか?」
「気持ち悪い?」
眉をしかめて訊ね返す。
「だって………いきなり中身が違うとか……常識を疑う……」
「しかし、嘘ではないのだろう?」
「そ、それは……そうですが」
「気味が悪いとは思わないし、あなたがそう言うなら、信じると言っただろう?私にこれ以上どうしろと?こんなことで離縁はしない。それだけは確かだ。クリスティアーヌの記憶が戻ろうと戻らまいと、私の妻はあなただ」
私を抱き寄せ頬に瞼に唇を落とし、髪を撫でられる。
「これ程言っているのに、少しは信じてくれてもいいのではないか」
言われて気づく。自分が信じて欲しいなら、自分も相手を信じなければ公平とは言えない。
「もう、逃げるようなことはしないな?」
確認され、こくりと頷く。
それを見て彼の瞳が煌めいた。
「言質は取ったぞ。二言はなしだ」
ルイスレーン様は私の顔を両側から挟み、勝ち誇ったように言った。
不思議と負けた気はしなかった。
というか、最初から勝負になんてなっていなかった。
私は過去の記憶に引っ張られ、勝手に自分が作った枠にルイスレーン様をあてはめて一人で騒いでいた。
まだ数日しか一緒にいないが、彼は私を妻として見てくれているのがわかる。
そして女性として求めてくれている。
さっきのあれが単なる男としての欲望からきたものであっても、自分の中にも同じような欲望があることに気づいてしまった。
「もう逃げません……」
彼からはもう逃げない。
クリスティアーヌの失った記憶。そして叔父のこと。クローゼットで目覚めるのがなぜか。まだ明らかになっていないことや不安なことはある。
それでも彼とのことで自分で独りよがりな考えで決めつけ、逃げることは間違いだと気づいた。
目の前の彼の言葉を信じ、彼との関係を受け入れる。そうしたいと思う自分の気持ちに気づいた。
「でも、まだ話すことがあります」
彼の腕に力が入ったのがわかった。
「それはなんだ」
声にも緊張感が漂う。これも確実に彼を怒らせるだろうな。でもマリアンナから伝わるより自分から話さなければと思うし、マディソンのこど弁明しなければならない。
「王宮の夜会の日、クリスティアーヌの叔父に会ったことは言いましたよね」
「…………そうだな」
子爵のことが話題になったので、少し戸惑っているのがわかる。
「彼は……その……とても怒っていました。彼はクリスティアーヌをお金と交換に誰かに売ろうとしていました。それからクリスティアーヌが彼の悪口を吹き込んだのだろうと……それで……腕を強く掴まれました。痣ができるほど」
「痣!怪我をしたというのか」
「いえ、怪我は……ただ……痣が」
そう言って私は左腕の袖のボタンを外す。彼に見せるために夕食のために着替えたドレスはボタンで袖口を留めるデザインのものにしていた。
袖口を巻き上げると、そこには黒ずんだ痣が現れた。
「な………」
黒々とした手形の付いた痣を見て言葉を失った。
「痛みは……」
「強く押すと少し……」
痣に彼がそっと触れた。
「どうしてすぐに夜会で言わなかった……知っていれば彼を探して同じ目に……いや、侯爵夫人に手を上げたのだ。もっとひどい目にあわせてやったものを」
腕を優しく撫でるように触り、捲り上げた袖口の中に手をいれて更に上の方まで痣の様子を覗き込んで確認する。腕の裏まで私の腕を上げたりして痣の広がり具合を見る彼の目には怒りの炎が燃え上がっていた。
「すぐに言わなくてすいません。でも、心配させなくなくて……着替えを手伝ってくれて気づいたマディソンにも私が話すからと口止めしました。黙っているように命令したのは私です。ですから彼女を怒らないでください」
二の腕に手を添えたままの彼に懇願する。
「彼女は家の方で問題があって暇をやったと聞いているが……」
「はい。それでマリアンナがリリアンと着替えの手伝いにきて……」
「それで彼女にも知られて言う気になったのか……」
「すいません」
彼の話に頷いて再度謝る。
「マリアンナに知られなければいつ話すつもりだった」
「そのうち……」
「そのうち……そのうち痣も消えて話さなくてよくなると思っていたのか?」
「そ、そういうわけでは……」
「私たちが閨を共にする仲になったら、すぐにわかったことだ。そのことは考えなかったのか」
痣に触れないように腕に触れる彼の手に力がこもった。
私が逃げたかったのは、彼からなのか、別の何かなのか。
「そんな顔でいつまでも見ているものではない」
すっと視線をそらして少し困ったように彼が言う。
「そんな顔……?」
どんな顔をしていたのかと、自分の顔に触れる。
「もしかして、少しは私を意識してくれているのか?」
「え……」
指摘されて顔が赤くなったのがわかる。
「気持ち悪くないですか?」
「気持ち悪い?」
眉をしかめて訊ね返す。
「だって………いきなり中身が違うとか……常識を疑う……」
「しかし、嘘ではないのだろう?」
「そ、それは……そうですが」
「気味が悪いとは思わないし、あなたがそう言うなら、信じると言っただろう?私にこれ以上どうしろと?こんなことで離縁はしない。それだけは確かだ。クリスティアーヌの記憶が戻ろうと戻らまいと、私の妻はあなただ」
私を抱き寄せ頬に瞼に唇を落とし、髪を撫でられる。
「これ程言っているのに、少しは信じてくれてもいいのではないか」
言われて気づく。自分が信じて欲しいなら、自分も相手を信じなければ公平とは言えない。
「もう、逃げるようなことはしないな?」
確認され、こくりと頷く。
それを見て彼の瞳が煌めいた。
「言質は取ったぞ。二言はなしだ」
ルイスレーン様は私の顔を両側から挟み、勝ち誇ったように言った。
不思議と負けた気はしなかった。
というか、最初から勝負になんてなっていなかった。
私は過去の記憶に引っ張られ、勝手に自分が作った枠にルイスレーン様をあてはめて一人で騒いでいた。
まだ数日しか一緒にいないが、彼は私を妻として見てくれているのがわかる。
そして女性として求めてくれている。
さっきのあれが単なる男としての欲望からきたものであっても、自分の中にも同じような欲望があることに気づいてしまった。
「もう逃げません……」
彼からはもう逃げない。
クリスティアーヌの失った記憶。そして叔父のこと。クローゼットで目覚めるのがなぜか。まだ明らかになっていないことや不安なことはある。
それでも彼とのことで自分で独りよがりな考えで決めつけ、逃げることは間違いだと気づいた。
目の前の彼の言葉を信じ、彼との関係を受け入れる。そうしたいと思う自分の気持ちに気づいた。
「でも、まだ話すことがあります」
彼の腕に力が入ったのがわかった。
「それはなんだ」
声にも緊張感が漂う。これも確実に彼を怒らせるだろうな。でもマリアンナから伝わるより自分から話さなければと思うし、マディソンのこど弁明しなければならない。
「王宮の夜会の日、クリスティアーヌの叔父に会ったことは言いましたよね」
「…………そうだな」
子爵のことが話題になったので、少し戸惑っているのがわかる。
「彼は……その……とても怒っていました。彼はクリスティアーヌをお金と交換に誰かに売ろうとしていました。それからクリスティアーヌが彼の悪口を吹き込んだのだろうと……それで……腕を強く掴まれました。痣ができるほど」
「痣!怪我をしたというのか」
「いえ、怪我は……ただ……痣が」
そう言って私は左腕の袖のボタンを外す。彼に見せるために夕食のために着替えたドレスはボタンで袖口を留めるデザインのものにしていた。
袖口を巻き上げると、そこには黒ずんだ痣が現れた。
「な………」
黒々とした手形の付いた痣を見て言葉を失った。
「痛みは……」
「強く押すと少し……」
痣に彼がそっと触れた。
「どうしてすぐに夜会で言わなかった……知っていれば彼を探して同じ目に……いや、侯爵夫人に手を上げたのだ。もっとひどい目にあわせてやったものを」
腕を優しく撫でるように触り、捲り上げた袖口の中に手をいれて更に上の方まで痣の様子を覗き込んで確認する。腕の裏まで私の腕を上げたりして痣の広がり具合を見る彼の目には怒りの炎が燃え上がっていた。
「すぐに言わなくてすいません。でも、心配させなくなくて……着替えを手伝ってくれて気づいたマディソンにも私が話すからと口止めしました。黙っているように命令したのは私です。ですから彼女を怒らないでください」
二の腕に手を添えたままの彼に懇願する。
「彼女は家の方で問題があって暇をやったと聞いているが……」
「はい。それでマリアンナがリリアンと着替えの手伝いにきて……」
「それで彼女にも知られて言う気になったのか……」
「すいません」
彼の話に頷いて再度謝る。
「マリアンナに知られなければいつ話すつもりだった」
「そのうち……」
「そのうち……そのうち痣も消えて話さなくてよくなると思っていたのか?」
「そ、そういうわけでは……」
「私たちが閨を共にする仲になったら、すぐにわかったことだ。そのことは考えなかったのか」
痣に触れないように腕に触れる彼の手に力がこもった。