政略結婚から逃げたいのに旦那様から逃げられません

「魔石を取引しているということは、戦争が終わってやれやれですね。おかわりは?」

二杯目のエールを飲みながらモーシャスが尚も話しかけてきた。空になったワイングラスを見て言うので、もう結構と手のひらを向ける。

「どんな状況でも活路を見出だし商売に繋げるのが商人。戦争が終わってやり易くはなりましたが、いつどんな事態になっても何とかしますよ」
「それは頼もしい。さて、私はそろそろ行きますよ」

モーシャスが立ち上がって、また一緒に仕事をしましょうと立ち去った。

彼が扉に向かって行くのをオヴァイエたちがちらりと見ているが、特に声をかける風でもなく見送った。
それがなぜかわざとらしく見えたのは気のせいだろうか。

「どう思いますか?」

ヒギンスが訊いてくる。

「どうもこうも……単なる商売人には見えないな」

緩慢とした歩き方をしていたが、足運びは舞台俳優が演技をしているようにも見えた。

「オヴァイエや五大老について調べてみますか?」

ヒギンスは特殊部隊の要員で、諜報が得意なためギルドに潜り込ませている一人だ。

「そうだな……それより、例の人物についてだが」
「はい。これを」

ヒギンスがカウンターの下から一通の手紙を出してくる。

「見張りをつけていますが、殆ど外に出ることはないようです」
「わかった……会ってみよう」

立ち上がり自分も出ていきかける。

「モンドリオールめ……約束をおじゃんにしやがって……せっかくの俺のコレクションに金目が加わるところだったのに」

ゆっくり通りすぎる際に忌々しそうなオヴァイエの声が耳に入った。意外な名前を聞いて内心驚く。

「金目とは?何ですかオヴァイエ様」

取り巻きの一人が訊ねる。

「金目は金目だ。珍しい毛色の玩具が手に入る予定が、うっかり横からかっさわれてしまった。その代わり大金をせしめてやったが。普段気取ってるお貴族様の悔しそうな顔は見ていて爽快だったぞ」

ガハハとオヴァイエが下品に笑い、周りも一緒に笑う。

「ご希望を言っていただければ、私どもで手配しましょうか?」

別の男が機嫌を取ろうと持ちかける。

「まあ、気が向いたらな……同じようなものを手配出来るとは思えんが……今のところは手元にある分で我慢するさ」

「では、その気になったらお申し付けください」
「私もその時は一肌脱ぎましょう」

下卑た笑いが響き渡り、格式ある商業ギルドのサロンが一気に場末の安い酒場に成り下がる。

ヒギンスから教えてもらった場所に行き、見張りの者に様子を訊ねた。

お世辞にも治安がいいとは言えない地域。この国は安定した王の治世が続きそれなりに裕福ではあるが、それでも闇の部分はある。ここはその日暮らしやすねに傷を持つ者が隠れ住むような場所だった。
男の名前はテリー・ミンス。かつてモンドリオール子爵家で馬丁兼御者をしていた男だ。前の子爵、クリスティアーヌの父が亡くなった事故の時は途中まで同行していたが、直前の村で急に体調不良となり、急遽村に残り、子爵は村で雇った者に手綱を握らせて領地へと向かった。

子爵の事故後、自分が付いていかなかったからだと自分を責めて辞めて田舎に帰ったとなっているが、またここに戻ってきたのはどういうことなのだろう。
陛下が彼を見張れと言うからには、子爵の事故について何か裏があると思っているのだろうか。

ミンスが住んでいる長屋の向かいの建物で、見張りの男とともに出入りを見張る。

「昼間は殆ど出歩きません。夜になると酒場をうろうろして人に酒をたかったりしています」
「よく行く酒場は調べてあるのか?」
「決まった場所はありません。素行が悪く出入り禁止になったりして転々としています」
「では、次に出入りする店に心付けを渡して、彼がそこに頻繁に出入りできるようにしてやれ、そこで近づいて油断させて話をうまく引き出すんだ」
「畏まりました」

「引き続き頼む」

その場を後にしてただ道を歩いているつもりが彼女と会った街角までやってきた。

ここからそう遠くないところにベイル氏の診療所がある筈だと思い立った。

何人かに訊ねると、その内の一人がそこの患者らしく道を教えてくれた。

ここではないかと外から一軒の建物を眺めていると、外から戻ってきた女性に訊ねられた。

午前中の診察の受付は終わり次は夕方からですと言われ、患者ではないと言うと、胡散臭げに見られた。

ベイル氏に会いたいと言うと、今日は往診に行っていて留守だと教えられた。明日ならどうかと訊ねられた。

明日は確か彼女がここに来るつもりだと言っていた。ここで彼女と鉢合わせになるかも知れないが、ルーティアスとして会うなら問題ないだろう。

彼のことは何度か見かけたことがあった。
記憶にある姿とあまり変わっていない。「保育所」というらしいそこの施設について色々と語ってくれ、良かったら案内しようかと言ってくれているところに、クリッシーが来たとベイル氏に告げた。

保育所の案内なら彼女が適任だと彼が言う。
やってきた彼女は私を見て驚いていた。

案内されて隣の建物に行くと、皆が彼女に親しげに声をかけ、子どもたちまで歓迎していた。

まるで昔からそこにいるかのように周りと溶け込んでいる。子どもたちと接する彼女はとても嬉しそうだった。
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