政略結婚から逃げたいのに旦那様から逃げられません
その発言に目を丸くする。武人のフランチェスカ様のお仕置きって…頭には女王様のように鞭を振るう姿が浮かぶ。さすがに侯爵様がマゾっ気があるとは思わないが。
「フランチェスカ様、その言い方、クリスティアーヌちゃんがびっくりしていますわ」
「あ、それは失礼……私たち夫婦の間ではお仕置きと言っているが、暴力なんて振るっていないから……その、いわゆる夜の話で……ローガンが入浴の世話をしてくれたり……色々と……」
どうやら女王様のお仕置きではなかったが、こっちの話も刺激的なことには違いなかった。
「フランチェスカ様……正直なのはあなたの美点ですが、少々赤裸々過ぎますわ。クリスティアーヌちゃんが戸惑っています」
苦笑してマリアーサ様が諌める。
「これは失礼……」
少し行きすぎたとフランチェスカ様も顔を赤らめる。
「他所のご夫婦の秘密は面白いですが、年端もいかない彼女には刺激的過ぎるわね」
「は、はあ……」
前世では学生時代は恋バナはしたが、場所や世界が違っても人の興味は変わらないようだ。
そこに侯爵家の使用人がお茶や菓子を運んできた。
「あら、これは?」
机に並べた菓子の数々の中で何かを見つけてマリアーサ様が訊ねた。
「あ、そちらはリンドバルク侯爵夫人がお持ちくださったもので……」
「クリスティアーヌちゃんが?」
二人がこちらを見つめる。素敵なお姉様二人に見つめられて、何だか照れ臭い。
もういい加減やめればいいのかもしれないが、他にやることが特にないので、相も変わらずお菓子を作って持ってきてしまった。
今日のお菓子はメレンゲパイ。砂糖付けのレモンがあったので、それを輪切りにして挟んだ。
白いメレンゲに茶色い焦げ目、間のカスタードクリームと色合いがきれいに出来上がった。
「せっかくですから、こちらからいただきましょう」
二人が切り分けて一人分に皿に盛り付けられたメレンゲパイを口に運んだ。
「あら」「おや」
「甘酸っぱくて美味しい……」
「これは……初恋の味ですわね」
「え……は……」
フランチェスカ様の美味しいという感想は嬉しかったが、マリアーサ様の初恋云々は予想外だった。
「初恋に味があるのか?」
「あら、初恋は甘酸っぱいと言いますでしょ?初キスはレモンの味とも……」
「私の場合はワインの味だったな」
ぼそりとフランチェスカ様が呟いた。
「それを言うなら私はウイスキーかしら……その時食べていたチョコレートの中身がそうだったわ。クリスティアーヌちゃんは?」
「…………え、私ですか?」
話の流れからすれば当然こっちに回ってくるが、何の心構えも出来ていなくて焦った。
期待に満ちた二人の視線が私に逃げ道はないことを思い知らせる。
「………どちらかと言えば……フランチェスカ様と同じ………」
あの夜、離縁してくれてもと言った私に、罰するように荒々しく口づけたルイスレーン様の吐息は、その夜飲んでいたワインの香りがしなくもなかった。
「照れちゃって可愛い。私にもこんな時があったわ」
「そうだな……男勝りの私でも、ローガン様には可愛く見えたらしい。凛々しいと言われたことはあるが、私を可愛いなんて言うのはローガン様だけだな」
「ローガン様はフランチェスカ様を振り向かせるのに必死でしたもの。侯爵家の嫡男であの容姿、多くのご令嬢が列をなしてあの方とのダンスを待っていたのに。一番熱心だったのはキャシディー様ね」
キャシディー様……夜会で見かけた彼女を思い出す。今でもローガン様のことが気になっているようだ。
「そう言えば……ルクレンティオ侯爵家のヴァネッサ様……あの頃のキャシディー様のようね。彼女、親しい方々にはリンドバルク侯爵夫人になるのは自分だと豪語していたそうよ」
「あれは母親のディアナ様が悪い。いくら筆頭侯爵家と言えど、正式に約束も取り交わしていない内から娘をその気にさせていた。ヴァネッサ嬢は、あれだ、周りからちやほやされることに慣れて、自分が嫌われるなど思っていない。勉強はからっきしなのに、男に媚びるのは上得意な方だ」
「フランチェスカ様が最も嫌いな部類の方ですよね」
「まわりの令嬢達も似たようなものだ。貴族だからとかより人としてどうなのだ。私を粗野だとか嘲る前に自分たちはそれほど立派なのか」
辛辣な言い方だった。フランチェスカ様にはフランチェスカ様の彼女たちとの確執があるのだろう。
「夜会でも聞き及んだとは思いますが、フランチェスカ様はもともとイヴァンジェリン様の護衛として侯爵家に雇い入れられた方だから、彼女たちは今でも彼女を格下に見ているところがあって、影で色々とね……」
「事実だから私は気にしないが、ローガン様まで色狂いのように言われるのは我慢ならない。大方ディアナ様やキャシディー様が裏で糸を引いている……いや、彼女たちが発端に違いない」
「だから、クリスティアーヌちゃんもあることないこと言われるかも知れないわ。ヴァネッサ嬢は母親そっくりだから……」
二人は私のことを気遣って彼女たちの知っていることを教えようとしてくれている。
げに恐ろしきは女の世界。
噂好きな方々は人の幸せより不幸が好きなものである。
「フランチェスカ様、その言い方、クリスティアーヌちゃんがびっくりしていますわ」
「あ、それは失礼……私たち夫婦の間ではお仕置きと言っているが、暴力なんて振るっていないから……その、いわゆる夜の話で……ローガンが入浴の世話をしてくれたり……色々と……」
どうやら女王様のお仕置きではなかったが、こっちの話も刺激的なことには違いなかった。
「フランチェスカ様……正直なのはあなたの美点ですが、少々赤裸々過ぎますわ。クリスティアーヌちゃんが戸惑っています」
苦笑してマリアーサ様が諌める。
「これは失礼……」
少し行きすぎたとフランチェスカ様も顔を赤らめる。
「他所のご夫婦の秘密は面白いですが、年端もいかない彼女には刺激的過ぎるわね」
「は、はあ……」
前世では学生時代は恋バナはしたが、場所や世界が違っても人の興味は変わらないようだ。
そこに侯爵家の使用人がお茶や菓子を運んできた。
「あら、これは?」
机に並べた菓子の数々の中で何かを見つけてマリアーサ様が訊ねた。
「あ、そちらはリンドバルク侯爵夫人がお持ちくださったもので……」
「クリスティアーヌちゃんが?」
二人がこちらを見つめる。素敵なお姉様二人に見つめられて、何だか照れ臭い。
もういい加減やめればいいのかもしれないが、他にやることが特にないので、相も変わらずお菓子を作って持ってきてしまった。
今日のお菓子はメレンゲパイ。砂糖付けのレモンがあったので、それを輪切りにして挟んだ。
白いメレンゲに茶色い焦げ目、間のカスタードクリームと色合いがきれいに出来上がった。
「せっかくですから、こちらからいただきましょう」
二人が切り分けて一人分に皿に盛り付けられたメレンゲパイを口に運んだ。
「あら」「おや」
「甘酸っぱくて美味しい……」
「これは……初恋の味ですわね」
「え……は……」
フランチェスカ様の美味しいという感想は嬉しかったが、マリアーサ様の初恋云々は予想外だった。
「初恋に味があるのか?」
「あら、初恋は甘酸っぱいと言いますでしょ?初キスはレモンの味とも……」
「私の場合はワインの味だったな」
ぼそりとフランチェスカ様が呟いた。
「それを言うなら私はウイスキーかしら……その時食べていたチョコレートの中身がそうだったわ。クリスティアーヌちゃんは?」
「…………え、私ですか?」
話の流れからすれば当然こっちに回ってくるが、何の心構えも出来ていなくて焦った。
期待に満ちた二人の視線が私に逃げ道はないことを思い知らせる。
「………どちらかと言えば……フランチェスカ様と同じ………」
あの夜、離縁してくれてもと言った私に、罰するように荒々しく口づけたルイスレーン様の吐息は、その夜飲んでいたワインの香りがしなくもなかった。
「照れちゃって可愛い。私にもこんな時があったわ」
「そうだな……男勝りの私でも、ローガン様には可愛く見えたらしい。凛々しいと言われたことはあるが、私を可愛いなんて言うのはローガン様だけだな」
「ローガン様はフランチェスカ様を振り向かせるのに必死でしたもの。侯爵家の嫡男であの容姿、多くのご令嬢が列をなしてあの方とのダンスを待っていたのに。一番熱心だったのはキャシディー様ね」
キャシディー様……夜会で見かけた彼女を思い出す。今でもローガン様のことが気になっているようだ。
「そう言えば……ルクレンティオ侯爵家のヴァネッサ様……あの頃のキャシディー様のようね。彼女、親しい方々にはリンドバルク侯爵夫人になるのは自分だと豪語していたそうよ」
「あれは母親のディアナ様が悪い。いくら筆頭侯爵家と言えど、正式に約束も取り交わしていない内から娘をその気にさせていた。ヴァネッサ嬢は、あれだ、周りからちやほやされることに慣れて、自分が嫌われるなど思っていない。勉強はからっきしなのに、男に媚びるのは上得意な方だ」
「フランチェスカ様が最も嫌いな部類の方ですよね」
「まわりの令嬢達も似たようなものだ。貴族だからとかより人としてどうなのだ。私を粗野だとか嘲る前に自分たちはそれほど立派なのか」
辛辣な言い方だった。フランチェスカ様にはフランチェスカ様の彼女たちとの確執があるのだろう。
「夜会でも聞き及んだとは思いますが、フランチェスカ様はもともとイヴァンジェリン様の護衛として侯爵家に雇い入れられた方だから、彼女たちは今でも彼女を格下に見ているところがあって、影で色々とね……」
「事実だから私は気にしないが、ローガン様まで色狂いのように言われるのは我慢ならない。大方ディアナ様やキャシディー様が裏で糸を引いている……いや、彼女たちが発端に違いない」
「だから、クリスティアーヌちゃんもあることないこと言われるかも知れないわ。ヴァネッサ嬢は母親そっくりだから……」
二人は私のことを気遣って彼女たちの知っていることを教えようとしてくれている。
げに恐ろしきは女の世界。
噂好きな方々は人の幸せより不幸が好きなものである。