政略結婚から逃げたいのに旦那様から逃げられません
「先日の夜会であなたがリンドバルク侯爵家のサファイアを身につけていらっしゃったでしょう?あれがどういうものかご存知?」
「はい。リンドバルク侯爵家が侯爵に引き上げられた時に当時の国王様から頂いたと……代々の侯爵夫人が身につけてきたと」
「そう。あれを夫婦になって初めての夜会で身につけて来られるとは、侯爵があなたをちゃんと侯爵夫人と認めている証ね。ルクレンティオ侯爵夫人が、あなたが王家筋だからとか陛下の圧力が掛かったようにおっしゃっていたけど、分かる人には分かっているわ。彼女のは負け惜しみ」
「それでも彼女たちがあっさり引き下がるとは思えない。ご夫君がいかに優秀でも、女の世界は女の世界のルールがある。何かあれば私たちが力になるから」
「あ、ありがとうございます……私…本当に……何て言ったらいいのか……」
「他人行儀ね、分からないことがあったら何でも聞いて」
マリアーサ様が私の手をぎゅっと握ってくれた。
「あの、ひとつよろしいですか?」
「どうぞ」「何だ?」
「マイセラ侯爵家とカレンデゥラ侯爵家、それにルクレンティオ侯爵家とオーレンス侯爵家は対立しているのでしょうか?あと、筆頭侯爵家は五家あったかと……」
「ウェリゲントン侯爵家ね。あそこはいつも中立というか……今のご当主は五家の中でも一番高齢で、数年前に奥様を亡くされていることもあって夜会には滅多に来られないの」
「そうだったんですね……では先日の夜会も?」
「欠席について国王陛下とオリヴァー殿下に向けて丁寧なお手紙が届けられたらしいわ」
「ウェリゲントン侯爵はかつてアカデミーの主宰だった方だから、陛下も彼に教えていただいたらしい」
アカデミーと言えばフォルトナー先生もそうだった。
「それと、四家が対立しているのかと言う話だが……拮抗していると言うところだな……ウェリンゲントン家がどちらかに傾くと勢力は変わる」
「そう言う意味では、ヴァネッサ嬢はリンドバルグ侯爵の妻には適さないわね。リンドバルク卿は筆頭侯爵家に並ぶ名家だし、筆頭五家とは違い軍閥ですから」
「そうだな……噂どおりヴァネッサ嬢が彼と結婚していたら、勢力は大きく変わっただろう」
「それは万が一にも有り得なかったと思うけど。リンドバルク卿がヴァネッサ嬢にまったく興味を示されなかったのですもの。彼が職務で警護している夜会に現れては誘いをかけていましたけどね」
「そうそう、彼女のデビュタントのでのことは知っていて?」
「ああ、聞いている」
「確か、クリスティアーヌちゃんも同じ年にデビューしたのでしたわね」
「はい。この前の夜会でも、お二人が加わる前にその話になりました。私の衣裳のことや、ヴァネッサ嬢がたくさんの方からダンスの申し込みがあったとか……ルイスレーン様はその日に警備に就いていたことも」
この前甦った記憶を思い出す。
「ヴァネッサ嬢が警備にあたっていたルイスレーン様に声をかけられ、素敵だと言われたと」
でも私が彼から聞いた内容とヴァネッサ嬢の話は違っていた。
「リンドバルク卿が声をかけたのは事実みたいですが……素敵だと言ったかは……私たちが聞いたのは、デビュタントに不似合いな露出の激しいドレスだったから咎められたと言うことだが」
「ダンスをした令息たちも溢れそうな胸元ばかり注視していたと聞きましたわ」
彼女たちから聞く話は彼が話した内容と一致する。わからないのはヴァネッサ嬢がそんな嘘をなぜ吐いたのか。マリアーサ様たちの耳にも入っていると言うことは、もっと多くの人が現場を目撃しているということだ。その場にいた者から少しでも本当のことを聞いていたら、ヴァネッサ嬢の話を鵜呑みにするはずがない。母親は信じているようだが。
「普段もつれなかったけれど、勤務中の彼はもっと無愛想で。先日の夜会で見かけた侯爵はまるで別人で驚きましたわ。女性につれないのではなくて、クリスティアーヌちゃん以外は興味がなかったと言うことね」
「………え……」
「へえ」
マリアーサ様の言葉にフランチェスカ様も意外そうに私を見る。
「あの侯爵がねぇ……それは見たかったな」
フランチェスカ様まで興味津々でおっしゃるので、居たたまれなくなる。
二人から私の知らない社交界のことを色々と教えて貰えるのはありがたいが、私とルイスレーン様とのことを引き合いに出されると途端にまごつく。
出会って数日。彼を恋しく思っている自分がいる。
ギオーヴさんとパシスさんに送り届けてもらい、帰宅するとダレクが私を待ち構えていた。
「旦那様から伝言です。今夜も遅くなるそうです」
「………そう……ですか」
それを聞いてすごく落胆している自分がいた。
その日も夢を見た。
それがクリスティアーヌの忘れた記憶だとわかっていた。『愛理』も愛情溢れる人生ではなかったが、『クリスティアーヌ』の人生は過酷だった。
夢で見る彼女の人生は、父の死後から激変していた。
叔父が爵位を継いで、優しかった使用人は次々と解雇され、必要最低限の使用人だけとなり、屋敷は荒れた。
叔父が資産家で派手好きな妻を迎えるにあたり、母と二人で別宅に移った。平民出身の叔父の妻は、生まれたときから貴族で気品のある自分の夫の兄の嫁と子どもと住むのを嫌ったからだ。
叔父からの援助は初めの頃からどんどん減らされていき、生活はずっと苦しくなっていった。
「はい。リンドバルク侯爵家が侯爵に引き上げられた時に当時の国王様から頂いたと……代々の侯爵夫人が身につけてきたと」
「そう。あれを夫婦になって初めての夜会で身につけて来られるとは、侯爵があなたをちゃんと侯爵夫人と認めている証ね。ルクレンティオ侯爵夫人が、あなたが王家筋だからとか陛下の圧力が掛かったようにおっしゃっていたけど、分かる人には分かっているわ。彼女のは負け惜しみ」
「それでも彼女たちがあっさり引き下がるとは思えない。ご夫君がいかに優秀でも、女の世界は女の世界のルールがある。何かあれば私たちが力になるから」
「あ、ありがとうございます……私…本当に……何て言ったらいいのか……」
「他人行儀ね、分からないことがあったら何でも聞いて」
マリアーサ様が私の手をぎゅっと握ってくれた。
「あの、ひとつよろしいですか?」
「どうぞ」「何だ?」
「マイセラ侯爵家とカレンデゥラ侯爵家、それにルクレンティオ侯爵家とオーレンス侯爵家は対立しているのでしょうか?あと、筆頭侯爵家は五家あったかと……」
「ウェリゲントン侯爵家ね。あそこはいつも中立というか……今のご当主は五家の中でも一番高齢で、数年前に奥様を亡くされていることもあって夜会には滅多に来られないの」
「そうだったんですね……では先日の夜会も?」
「欠席について国王陛下とオリヴァー殿下に向けて丁寧なお手紙が届けられたらしいわ」
「ウェリゲントン侯爵はかつてアカデミーの主宰だった方だから、陛下も彼に教えていただいたらしい」
アカデミーと言えばフォルトナー先生もそうだった。
「それと、四家が対立しているのかと言う話だが……拮抗していると言うところだな……ウェリンゲントン家がどちらかに傾くと勢力は変わる」
「そう言う意味では、ヴァネッサ嬢はリンドバルグ侯爵の妻には適さないわね。リンドバルク卿は筆頭侯爵家に並ぶ名家だし、筆頭五家とは違い軍閥ですから」
「そうだな……噂どおりヴァネッサ嬢が彼と結婚していたら、勢力は大きく変わっただろう」
「それは万が一にも有り得なかったと思うけど。リンドバルク卿がヴァネッサ嬢にまったく興味を示されなかったのですもの。彼が職務で警護している夜会に現れては誘いをかけていましたけどね」
「そうそう、彼女のデビュタントのでのことは知っていて?」
「ああ、聞いている」
「確か、クリスティアーヌちゃんも同じ年にデビューしたのでしたわね」
「はい。この前の夜会でも、お二人が加わる前にその話になりました。私の衣裳のことや、ヴァネッサ嬢がたくさんの方からダンスの申し込みがあったとか……ルイスレーン様はその日に警備に就いていたことも」
この前甦った記憶を思い出す。
「ヴァネッサ嬢が警備にあたっていたルイスレーン様に声をかけられ、素敵だと言われたと」
でも私が彼から聞いた内容とヴァネッサ嬢の話は違っていた。
「リンドバルク卿が声をかけたのは事実みたいですが……素敵だと言ったかは……私たちが聞いたのは、デビュタントに不似合いな露出の激しいドレスだったから咎められたと言うことだが」
「ダンスをした令息たちも溢れそうな胸元ばかり注視していたと聞きましたわ」
彼女たちから聞く話は彼が話した内容と一致する。わからないのはヴァネッサ嬢がそんな嘘をなぜ吐いたのか。マリアーサ様たちの耳にも入っていると言うことは、もっと多くの人が現場を目撃しているということだ。その場にいた者から少しでも本当のことを聞いていたら、ヴァネッサ嬢の話を鵜呑みにするはずがない。母親は信じているようだが。
「普段もつれなかったけれど、勤務中の彼はもっと無愛想で。先日の夜会で見かけた侯爵はまるで別人で驚きましたわ。女性につれないのではなくて、クリスティアーヌちゃん以外は興味がなかったと言うことね」
「………え……」
「へえ」
マリアーサ様の言葉にフランチェスカ様も意外そうに私を見る。
「あの侯爵がねぇ……それは見たかったな」
フランチェスカ様まで興味津々でおっしゃるので、居たたまれなくなる。
二人から私の知らない社交界のことを色々と教えて貰えるのはありがたいが、私とルイスレーン様とのことを引き合いに出されると途端にまごつく。
出会って数日。彼を恋しく思っている自分がいる。
ギオーヴさんとパシスさんに送り届けてもらい、帰宅するとダレクが私を待ち構えていた。
「旦那様から伝言です。今夜も遅くなるそうです」
「………そう……ですか」
それを聞いてすごく落胆している自分がいた。
その日も夢を見た。
それがクリスティアーヌの忘れた記憶だとわかっていた。『愛理』も愛情溢れる人生ではなかったが、『クリスティアーヌ』の人生は過酷だった。
夢で見る彼女の人生は、父の死後から激変していた。
叔父が爵位を継いで、優しかった使用人は次々と解雇され、必要最低限の使用人だけとなり、屋敷は荒れた。
叔父が資産家で派手好きな妻を迎えるにあたり、母と二人で別宅に移った。平民出身の叔父の妻は、生まれたときから貴族で気品のある自分の夫の兄の嫁と子どもと住むのを嫌ったからだ。
叔父からの援助は初めの頃からどんどん減らされていき、生活はずっと苦しくなっていった。