政略結婚から逃げたいのに旦那様から逃げられません
男の言葉は真実だ。
脅しでもはったりでもなく、私にそんな運命を望む人物がいるなんて思いもよらなかった。
クリスティアーヌに生まれ変わり、不安は感じたが邸の皆も先生たちもとても親切に接してくれた。
そしてルイスレーン……最初不安に感じていた彼との生活も、隠し事全てを打ち明け、彼に受け入れてもらい、クリスティアーヌの父母の死についての疑惑や叔父とのこと以外はうまくいっていた。
有頂天になっていた……破滅の人生を望まれるような恨みを誰かにぶつけられるとは思わなかった。
「………だ……だれが……わたしに……」
真冬に氷水を浴びせられたように、一気に血の気がひいて震えが止まらなかった。
「それは訊かないのが規則だ、奥様。だが一人だけじゃないと教えてあげよう。奥様について俺のところに複数の依頼があった。俺はそれを全て引き受け、全員の要望に沿った仕事をする。おかげでかなり懐が潤った。感謝するよ。だからこうやってそれを伝えにきた。気休めかもしれないが、奥様自身は何も悪くない。奥様の存在が目障りな人が何人かいただけだ」
男の話は少しも気休めにならない。要はクリスティアーヌという存在に消えて欲しい、あるいは辛酸を舐めさせたい人間が複数いるということだ。
あまりのショックに過呼吸を起こしそうになり、胸を押さえてぐっと堪える。
コツンと扉を叩く音がした。
「お、来たな」
男が立ち上がって扉を開けると、男より更に大柄で扉からはみ出しそうな男が立っていた。
男は彼に大きな袋を渡す。
「悪いが場所を移させてもらう。少々窮屈だが我慢してくれ」
「や、やめてください、こんなことして……帰らせて」
「悪いがこっちはもう金をもらって後には引けない。飽きらめてくれ」
震えながら懇願しても通用しなかった。男は私に猿轡を咬ませ、すっぽりと大きな布でくるんだ。
「変に抵抗したら気絶してもらう。それが嫌なら暴れないことだ」
さっきの大男に担ぎ上げられたのがわかった。
「う……」
ルイスレーン……もう彼には二度と会えない?一度死んでいてクリスティアーヌに生まれ変わったので、またどこかで生まれ変わるなら死はクリスティアーヌという人生に幕がおりるだけだ。次の人生で記憶が残っている保障はない。そうなったら愛理とクリスティアーヌが同時にいなくなることになる。
ルイスレーン……せっかく素敵な人と巡り会えたのに、彼を失うのが怖かった。私がいなくなって彼はどれくらいまで悲しんでくれる?あの人が愛理が死んだ後、その死を悲しんでくれたとは露程も思っていないが、ルイスレーンは少しは悲しんでくれるだろうか。どこかで生きていれば、彼のことを思ってどんなことでも堪えられるだろうか。
どさりと荷物のように板張りの上に下ろされた。荷馬車か何かの荷台かもしれない。馬がぶるぶると嘶く声も聞こえる。
「頼んだぞ。大事な商品だ、気をつけて運べ」
「わかりました」
「それでは奥様、こんな形で会ったのは残念だが、お元気で」
男の激励は決して私を元気付けはしなかった。
どれくらい揺られていただろうか。板張りに転がされたままで体の節々が痛かった。
「通れ」
車輪の音が変わり、明らかに走る道が変わったことがわかる。
それからほどなくして荷馬車が止まり、再び担ぎ上げられた。
床を歩く音がして暫くすると扉が開かれ、固い石の階段を降りていく音が響いた。音が響くのはどこか狭い空間だからだろうか。
やがて再び鍵が開き扉が開かれてどさりと降ろされた。
「新しい仲間だ。世話をしてやれ」
男はそう言って出ていった。ガチャンと鍵が掛けられたのが聞こえると、複数の足音が近づいてきたが、靴音はしなかった。
覆っていた袋が解かれ眩しさに一瞬目を細め、やがて明るさに慣れて来ると、目の前に数人の女性たちがいた。
「……大丈夫?」
青い眼をした女性が訊ねた。
「それも外してあげる」
後ろから声が聞こえて猿轡が外され、両手両足を縛っていた紐も解かれる。
「型がついてる。薬を塗ってあげるわ」
別の女性が私の手首を見て言う。
部屋には五人の女性がいた。年齢は皆二十代くらい、シンプルな白のワンピースを着て足は裸足だ。首に首輪のような革のベルトをしている。
最初に声をかけてきた青い瞳の女性が、私の眼を見て気の毒そうな顔をした。
「可哀想に……その顔では状況がわかっていないみたいね。あなたは買われたのよ。最悪の男に」
買われた?
「私が青、彼女は緑、そして黒。茶色に紫、灰色……あなたは金色。皆それぞれ瞳の色が違う。あの男のコレクションよ。瞳の色で女を買って、そして閉じ込めるの」
見渡すと言われたように皆瞳の色が違った。
脅しでもはったりでもなく、私にそんな運命を望む人物がいるなんて思いもよらなかった。
クリスティアーヌに生まれ変わり、不安は感じたが邸の皆も先生たちもとても親切に接してくれた。
そしてルイスレーン……最初不安に感じていた彼との生活も、隠し事全てを打ち明け、彼に受け入れてもらい、クリスティアーヌの父母の死についての疑惑や叔父とのこと以外はうまくいっていた。
有頂天になっていた……破滅の人生を望まれるような恨みを誰かにぶつけられるとは思わなかった。
「………だ……だれが……わたしに……」
真冬に氷水を浴びせられたように、一気に血の気がひいて震えが止まらなかった。
「それは訊かないのが規則だ、奥様。だが一人だけじゃないと教えてあげよう。奥様について俺のところに複数の依頼があった。俺はそれを全て引き受け、全員の要望に沿った仕事をする。おかげでかなり懐が潤った。感謝するよ。だからこうやってそれを伝えにきた。気休めかもしれないが、奥様自身は何も悪くない。奥様の存在が目障りな人が何人かいただけだ」
男の話は少しも気休めにならない。要はクリスティアーヌという存在に消えて欲しい、あるいは辛酸を舐めさせたい人間が複数いるということだ。
あまりのショックに過呼吸を起こしそうになり、胸を押さえてぐっと堪える。
コツンと扉を叩く音がした。
「お、来たな」
男が立ち上がって扉を開けると、男より更に大柄で扉からはみ出しそうな男が立っていた。
男は彼に大きな袋を渡す。
「悪いが場所を移させてもらう。少々窮屈だが我慢してくれ」
「や、やめてください、こんなことして……帰らせて」
「悪いがこっちはもう金をもらって後には引けない。飽きらめてくれ」
震えながら懇願しても通用しなかった。男は私に猿轡を咬ませ、すっぽりと大きな布でくるんだ。
「変に抵抗したら気絶してもらう。それが嫌なら暴れないことだ」
さっきの大男に担ぎ上げられたのがわかった。
「う……」
ルイスレーン……もう彼には二度と会えない?一度死んでいてクリスティアーヌに生まれ変わったので、またどこかで生まれ変わるなら死はクリスティアーヌという人生に幕がおりるだけだ。次の人生で記憶が残っている保障はない。そうなったら愛理とクリスティアーヌが同時にいなくなることになる。
ルイスレーン……せっかく素敵な人と巡り会えたのに、彼を失うのが怖かった。私がいなくなって彼はどれくらいまで悲しんでくれる?あの人が愛理が死んだ後、その死を悲しんでくれたとは露程も思っていないが、ルイスレーンは少しは悲しんでくれるだろうか。どこかで生きていれば、彼のことを思ってどんなことでも堪えられるだろうか。
どさりと荷物のように板張りの上に下ろされた。荷馬車か何かの荷台かもしれない。馬がぶるぶると嘶く声も聞こえる。
「頼んだぞ。大事な商品だ、気をつけて運べ」
「わかりました」
「それでは奥様、こんな形で会ったのは残念だが、お元気で」
男の激励は決して私を元気付けはしなかった。
どれくらい揺られていただろうか。板張りに転がされたままで体の節々が痛かった。
「通れ」
車輪の音が変わり、明らかに走る道が変わったことがわかる。
それからほどなくして荷馬車が止まり、再び担ぎ上げられた。
床を歩く音がして暫くすると扉が開かれ、固い石の階段を降りていく音が響いた。音が響くのはどこか狭い空間だからだろうか。
やがて再び鍵が開き扉が開かれてどさりと降ろされた。
「新しい仲間だ。世話をしてやれ」
男はそう言って出ていった。ガチャンと鍵が掛けられたのが聞こえると、複数の足音が近づいてきたが、靴音はしなかった。
覆っていた袋が解かれ眩しさに一瞬目を細め、やがて明るさに慣れて来ると、目の前に数人の女性たちがいた。
「……大丈夫?」
青い眼をした女性が訊ねた。
「それも外してあげる」
後ろから声が聞こえて猿轡が外され、両手両足を縛っていた紐も解かれる。
「型がついてる。薬を塗ってあげるわ」
別の女性が私の手首を見て言う。
部屋には五人の女性がいた。年齢は皆二十代くらい、シンプルな白のワンピースを着て足は裸足だ。首に首輪のような革のベルトをしている。
最初に声をかけてきた青い瞳の女性が、私の眼を見て気の毒そうな顔をした。
「可哀想に……その顔では状況がわかっていないみたいね。あなたは買われたのよ。最悪の男に」
買われた?
「私が青、彼女は緑、そして黒。茶色に紫、灰色……あなたは金色。皆それぞれ瞳の色が違う。あの男のコレクションよ。瞳の色で女を買って、そして閉じ込めるの」
見渡すと言われたように皆瞳の色が違った。