政略結婚から逃げたいのに旦那様から逃げられません
手を怪我したロゼの手伝いを断り一人で支度を終えると、ロゼの案内でひとつ上の階へ連れていかれた。

チューブトップの胸当てと殆ど布地のないパンティを履かされ、白いワンピースを被った。ライラたちも似たようなデザインのものを着ていたので、ここではこれが自分たちに与えられるものなのだろう。
髪は無造作に下ろしたままなので、必死に髪の毛を前に垂らして胸が隠れるようにした。

ロゼの血はもう止まっていたが、斜めに残った傷を見ると申し訳ない気が沸き上がる。

「連れてきました」

入り口にさっきの男が待ち構えていて、ロゼの後ろに立つ私を舐め廻すように見られた。

「なかなかだな」

先ほどの鞭の先で上身頃を押し、浮き上がった胸の形に目を細める。その後膝丈のワンピースの裾を引っかけ内腿を鞭を持っていない手で撫で下ろされ、ぞわりと全身が総毛立った。

「コービル、何をしている。早く中に入れろ」

「は、はい、ただいま!」

中から別の男の声が聞こえ、コービルと呼ばれた男が慌てて手を引っ込めてびくりと気を付けの姿勢を取った。

「ほら、早くいけ」

背中をぐいと押されて半ば押し込めるように部屋に通されると。部屋の中央に置いた椅子に片足を組んで座っている男が見えた。

コービルは私を部屋に通すとさっさと扉を閉めて行ってしまったので、私はその男と二人で部屋に残された。

扉に貼り付くようにして男から距離を取って立つ。
病的なまでに白い肌。顎の辺りで切り揃えたダークブラウンの髪と冷たい灰色の瞳をした男が、座ったまま私に手を差し出す。

「こっちへ……」

男の存在だけで部屋の温度が一気に下がっているような気がする。さっきのコービルがトカゲなら、この男は蛇のようだ。今にも薄いその唇から先の割れた赤い舌がちろちろと出てきそうだ。ロゼはコービルに命令されていたが、そのコービルは彼に怯えていた。彼がコービルの主人であることは雰囲気でわかる。
ルイスレーンのように使用人の家族にも心を配り、信頼や尊敬を得るのとは違う。
彼には恐怖で相手を従わせる圧倒的な支配力を持っている。コービルの鞭打ちなんて軽いと思えるくらい、逆らえばどんな報復があるかわからない闇が見える。

「こっちへ……二度言わせるな。さっきここの決まりを教えただろう?そっちが命令に従わなければ他の人間が傷つくことになるぞ」

低く凄みのある声で言われ、さっきのロゼに対する仕打ちが甦り、震える足を一歩ずつ動かした。

「こっちを見ろ」

側まで行って俯いたままの私の顎を掴んで仰向けにさせた。

「なるほど……確かに見事な金色だ。噂は本当だったんだな」

男はさっきのコービルと違い、私を性的な目では見ていないが、私の背後にある別のものを見ているような気がした。

「わ、私を……どうするの……」

ライラたちが言ったように見世物にされてお金か何かと引き換えにこの男に一生飼われるのか、それとも何か別の目的があるのだろうか。

「あんた自身に恨みはないが、不運だったと観念しろ。その瞳を持って生まれたこと、あの男……この国の軍の副官の妻になったことを」

ある程度予想はしていたが、この男は私が誰かわかっていてこんなことをしたというのか。

「お、お金?私が……ルイスレーン様の妻だから?」
「ルイスレーン……あの若造、そんな名前だったか。まあ、個人的に恨みはないが、エリンバウア軍には辛酸を舐めさせられた。さすがに総大将の第二皇子やそのお妃をどうにかするのは無理だから、他に軍の高官で狙うとすればリンドバルク侯爵だが、本人は一筋縄ではいかない。下手に動けば返り討ちにあう」
「だから……私?」

エリンバウア軍に辛酸を舐めさせられたとはどういうことだろう。この男は誰?

「しかしあんたも可哀想に……あの男と結婚しなければ、もっとひっそり暮らしていけたのにな……まあ、その目では無理か」
「わ、私を捕まえてどうするつもりなの……」
「聞いていないか?あんたは着飾って商品になるんだ。私の取引を有利にするためのね。ちょうど新しい女を探していたところ、ある筋からあんたのことを聞いてね。手に入れる方法を探っていたところだ。貴族の奥方が不用意に街中をうろちょろするもんじゃないよ。人拐いの格好の餌食だ」

「ひ、卑怯よ。子どもを使って……地獄に落ちればいいわ」

「地獄?望むところだ。この世でやりたいことをやりたいだけやって落ちるなら本望。言いたいことはそれだけか?」

私の精一杯の悪態も、彼には賛美に聞こえたのか意に介していない。

「五日後に御披露目をしてやる。それまで他の女たちにどんな風に振る舞えばいいか教えておいてもらえ」

話は終わったとばかりに男が手を打ち鳴らすと、外からコービルが入ってきた。

「部屋に戻しておけ」

コービルが私の手を引っ張り部屋から出ようとした私に、男が声をかける。

「ああそうそう、前評判は上々だ。あんたを是非にと言うお得意様がいるんだ。生娘ではないだろうが、その分しっかりご奉仕してくれよ」
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