政略結婚から逃げたいのに旦那様から逃げられません
「責任者に苦情を直接言いたいところだが、時間が惜しい。払った対価の分、楽しませて貰いたい」
「わかりました……特別に明日の昼まで……それ以上はご勘弁ください」
ちらりと出て行きかけた男が私を見て、この先の展開を想像していやらしい目で見る。
「しっかりご奉仕しろよ」
全身がかあっと赤くなるのがわかった。
「心遣い感謝するよ」
低い声で狐面の男が言う。先ほどの容赦のない行動を思い出し、男が出ていき扉に鍵をかけてこちらを振り向いた時には、身を縮こまらせた。
ゆっくりと男が近づく。
「怖がらせてしまったな」
身を固くして俯いていた私の頭の上からとても優しい声が降ってきた。
聞き覚えのある声音に思わず顔を上げると、ちょうど仮面を外した顔が見えた。
「ル、ルイス……レーン!」
「遅くなってすまない。心細かっただろう」
緑とオレンジの瞳が私を見つめる。
その姿が涙で次第に滲み、私は精一杯腕を伸ばして彼に抱きついた。
「ルイス……レーン、ルイス……もう、もう会えないかと」
「私もだ……生きている君にもう会えないのではと、心臓が止まりそうになった」
泣きじゃくる私の背中を優しく撫で下ろす手も、耳元で囁く声も震えている。彼も最悪の事態を思い描き胸が潰れる思いだったと知り、こうして会えたのが奇跡のような気がする。
「どうして……」
どうして私の居場所がわかったのか、どうやって突き止めたのか訊ねようと上を向いた私の唇に、彼の柔らかい唇が重ねられた。
「ん……」
彼の唇を受け入れ、熱い舌を迎え入れる。互いの唾液が混ざりあいごくりと飲み干す。
「話は無事に帰ってから……今は君を味あわせてくれ」
「ルイス……ひげが」
ルイスレーンになかったひげがちくちくと素肌を差す感覚に思わず身を引いた。
「ああ……すまない。これも変装の一環だ。私が表だって動いているとわかれば、変に混乱が起きるからな」
「その変装……その姿はよくあるのですか?」
ルイスレーンの変装は私の知っている人に似ている。
「それは……ルーティアス・ニールセンのことを言っているのか?」
「彼を知っているのですか?」
彼からその名前を聞かされて驚いた。私が純粋に驚いたのを見て、ルイスレーンがばつの悪そうな顔をする。
「………ルイスレーン?……あの、まさか……」
記憶の中のルーティアスさんとルイスレーンが重なる。前髪が覆い被さるようなルーティアスの目をまともに見たことはなかったが、緑色だったような気がする。でも背丈と言い、声の雰囲気と言い、そう思って二人を見比べれば似ている部分がたくさんある。
「実は……ルーティアス・ニールセンも私だ。ルイスレーン・リンドバルクとして動くと差し障りがある時は変装していた。君と初めて会った時も、秘密裏に陛下に謁見するために王都に来ていた時だった。朝早く城門を潜り馬に乗っていて、君を見かけて驚いた。ベイル氏の所へ通っていたのだな。どうしても確かめたくて、謁見の合間に君を見かけた場所に立って待っていた」
「クレープ……だからあの店を知っていたんですね」
「そうだ……初めて君と会話らしい会話をしたのがルーティアスの時だったのは皮肉だが、怒っているか?」
心配そうに覗き込む彼が、まるでいたずらを見つけられた子どもに見えた。騙したと怒るべきだろうか。
「でも、はじめから騙そうとして変装していたのではないのでしょう?その……隠密のお仕事だったのは本当なんですから……」
でも、考えると恥ずかしい。私は夫に夫とのことを話していたのか。考えたらルーティアスさんも年の離れた奥さんがいて新婚だと言っていた。境遇が似ているとは思ったが、同一人物なのだから当たり前だ。
「正直、一回目はたまたまだが、その後は、私の知らなかったクリスティアーヌを知るのが楽しくて……少し調子に乗りすぎていた」
「ニコラス先生のところへ来たのは?」
「あそこで君がどう過ごしてきたのか純粋に見たかった。君の夫のままではわからなかった君の本当の姿を知りたかった。寄付は君の話を聞いて本当にしたいと思ったからしたんだ」
「ねえ、良く見せて」
さらりと前髪を掻き上げて、ひげのあるルイスレーンをまじまじと見つめる。
「似合うならルイスレーンの時もひげを生やそうか」
つけ髭に触れる私の手に自分の手を重ねて彼が言うので、少し考えて首を横に振る。
「やはり似合わないか……貫禄が出ていいのだが」
ひげを生やしたがる男性は多い。
「似合うとか似合わないとかなら、ルイスレーンなら何でも似合いますが……」
「え、ではどうして?」
「その……肌に髭が当たるとくすぐったいんです。まったくそんなことをこの先もしないというなら好きに伸ばしてくれてもいいのですが……」
「それは困る。そんなこと耐えられない。今でも我慢しているのに……五日も君なしで過ごしているんだ。もっとも君が見つかるまで……手がかりが掴めるまで寝てなんていられなかったが」
「どうして我慢しているのです?あなたは私との一夜を三万ダルも払って手に入れたんでしょ?」
「誘惑するのはやめてくれ……こんな場所で君を抱けない。君がどこにいるかわかってどれ程慌てたかわかるか?居所がわからない時も不安だったが、このクラブの存在がわかって君が商品として売られたと知った時の恐怖……私以外の男が君に触れるかと思うと耐えられなかった。さっきのような男を見ると尚更……今日が初めてだったのか?」
頷くと彼は安堵のため息を吐いた。
「良かった……間に合った」
ルイスレーンに抱き締められ、ほっとする。もし、間に合わなかったらと思うと体が震えた。
「わかりました……特別に明日の昼まで……それ以上はご勘弁ください」
ちらりと出て行きかけた男が私を見て、この先の展開を想像していやらしい目で見る。
「しっかりご奉仕しろよ」
全身がかあっと赤くなるのがわかった。
「心遣い感謝するよ」
低い声で狐面の男が言う。先ほどの容赦のない行動を思い出し、男が出ていき扉に鍵をかけてこちらを振り向いた時には、身を縮こまらせた。
ゆっくりと男が近づく。
「怖がらせてしまったな」
身を固くして俯いていた私の頭の上からとても優しい声が降ってきた。
聞き覚えのある声音に思わず顔を上げると、ちょうど仮面を外した顔が見えた。
「ル、ルイス……レーン!」
「遅くなってすまない。心細かっただろう」
緑とオレンジの瞳が私を見つめる。
その姿が涙で次第に滲み、私は精一杯腕を伸ばして彼に抱きついた。
「ルイス……レーン、ルイス……もう、もう会えないかと」
「私もだ……生きている君にもう会えないのではと、心臓が止まりそうになった」
泣きじゃくる私の背中を優しく撫で下ろす手も、耳元で囁く声も震えている。彼も最悪の事態を思い描き胸が潰れる思いだったと知り、こうして会えたのが奇跡のような気がする。
「どうして……」
どうして私の居場所がわかったのか、どうやって突き止めたのか訊ねようと上を向いた私の唇に、彼の柔らかい唇が重ねられた。
「ん……」
彼の唇を受け入れ、熱い舌を迎え入れる。互いの唾液が混ざりあいごくりと飲み干す。
「話は無事に帰ってから……今は君を味あわせてくれ」
「ルイス……ひげが」
ルイスレーンになかったひげがちくちくと素肌を差す感覚に思わず身を引いた。
「ああ……すまない。これも変装の一環だ。私が表だって動いているとわかれば、変に混乱が起きるからな」
「その変装……その姿はよくあるのですか?」
ルイスレーンの変装は私の知っている人に似ている。
「それは……ルーティアス・ニールセンのことを言っているのか?」
「彼を知っているのですか?」
彼からその名前を聞かされて驚いた。私が純粋に驚いたのを見て、ルイスレーンがばつの悪そうな顔をする。
「………ルイスレーン?……あの、まさか……」
記憶の中のルーティアスさんとルイスレーンが重なる。前髪が覆い被さるようなルーティアスの目をまともに見たことはなかったが、緑色だったような気がする。でも背丈と言い、声の雰囲気と言い、そう思って二人を見比べれば似ている部分がたくさんある。
「実は……ルーティアス・ニールセンも私だ。ルイスレーン・リンドバルクとして動くと差し障りがある時は変装していた。君と初めて会った時も、秘密裏に陛下に謁見するために王都に来ていた時だった。朝早く城門を潜り馬に乗っていて、君を見かけて驚いた。ベイル氏の所へ通っていたのだな。どうしても確かめたくて、謁見の合間に君を見かけた場所に立って待っていた」
「クレープ……だからあの店を知っていたんですね」
「そうだ……初めて君と会話らしい会話をしたのがルーティアスの時だったのは皮肉だが、怒っているか?」
心配そうに覗き込む彼が、まるでいたずらを見つけられた子どもに見えた。騙したと怒るべきだろうか。
「でも、はじめから騙そうとして変装していたのではないのでしょう?その……隠密のお仕事だったのは本当なんですから……」
でも、考えると恥ずかしい。私は夫に夫とのことを話していたのか。考えたらルーティアスさんも年の離れた奥さんがいて新婚だと言っていた。境遇が似ているとは思ったが、同一人物なのだから当たり前だ。
「正直、一回目はたまたまだが、その後は、私の知らなかったクリスティアーヌを知るのが楽しくて……少し調子に乗りすぎていた」
「ニコラス先生のところへ来たのは?」
「あそこで君がどう過ごしてきたのか純粋に見たかった。君の夫のままではわからなかった君の本当の姿を知りたかった。寄付は君の話を聞いて本当にしたいと思ったからしたんだ」
「ねえ、良く見せて」
さらりと前髪を掻き上げて、ひげのあるルイスレーンをまじまじと見つめる。
「似合うならルイスレーンの時もひげを生やそうか」
つけ髭に触れる私の手に自分の手を重ねて彼が言うので、少し考えて首を横に振る。
「やはり似合わないか……貫禄が出ていいのだが」
ひげを生やしたがる男性は多い。
「似合うとか似合わないとかなら、ルイスレーンなら何でも似合いますが……」
「え、ではどうして?」
「その……肌に髭が当たるとくすぐったいんです。まったくそんなことをこの先もしないというなら好きに伸ばしてくれてもいいのですが……」
「それは困る。そんなこと耐えられない。今でも我慢しているのに……五日も君なしで過ごしているんだ。もっとも君が見つかるまで……手がかりが掴めるまで寝てなんていられなかったが」
「どうして我慢しているのです?あなたは私との一夜を三万ダルも払って手に入れたんでしょ?」
「誘惑するのはやめてくれ……こんな場所で君を抱けない。君がどこにいるかわかってどれ程慌てたかわかるか?居所がわからない時も不安だったが、このクラブの存在がわかって君が商品として売られたと知った時の恐怖……私以外の男が君に触れるかと思うと耐えられなかった。さっきのような男を見ると尚更……今日が初めてだったのか?」
頷くと彼は安堵のため息を吐いた。
「良かった……間に合った」
ルイスレーンに抱き締められ、ほっとする。もし、間に合わなかったらと思うと体が震えた。