政略結婚から逃げたいのに旦那様から逃げられません
「……さっきの人は大丈夫ですか?」
ルイスレーンに急所を踏みつけられ気絶した男を思い出す。
「睾丸のひとつは潰れたかも知れないな。もしかしたら二度と使い物にならないかも。だが、その方が世のためだ」
「何もあそこまで……」
正直、ルイスレーンがあんなことをするとは思わなかったので驚いた。
「慈悲深いのはいいことだが、君は……クリスティアーヌは私と結婚しなければ、子爵のせいであの男、オヴァイエに売られていたんだぞ」
「え、あの……あの人に?」
王宮で叔父が誰かの妾にクリスティアーヌをと言っていたのは、あの人だったと聞いて身震いした。
「あいつは君が誰かわかっていた。私と結婚して手に入れられなかったことを今でも悔しがっている。だが、あいつの所へ行った女はひどい暴力を受けて半死半生の目に遭う。うまく隠蔽しているが、いずれ罪に問われるだろう」
その鉄槌を下すのはルイスレーンではないかと、何故か思った。
「今回のことに子爵は関わっているの?」
「それはわからない……だが、彼とオヴァイエの間にはお金を通じてやり取りがある。彼の奥方の実家の商売が傾きかけていると言っただろう?そこの借金も彼の貴族としての体面を保つための借金も、ばらばらだったものを最近はオヴァイエがまとめて精算した。その対価として君を差し出すつもりだったようだ。少なくともオヴァイエはモーシャスが君を手に入れたことを知っていた。君を拐う計画に関与していたのは事実だ。しかしあの男……君を見ただけで興奮して早漏も甚だしい……君があんな男の股間を一瞬でも目に入れさせられたかと思うと……」
「み、見てたんですか……」
確かにズボンを隆起させて既に湿っていた生地を見るのは気持ち悪かった。でもそれだけであの男にあそこまで……私にはどこまでも優しいルイスレーンの私の知らない顔を見た気がした。
「モーシャスは、私がこの目を持ち、ルイスレーンの妻だということが悪いのだと言いました。オヴァイエは私の目を見て興奮していました。モーシャスの言葉が本当なら、この目を持つ私に執着したのはオヴァイエ……だとしたら……彼はこうも言っていました。エリンバウア軍に辛酸を舐めさせられた報復だと」
「報復………そう彼は言ったんだな?」
「はい……私には意味がわかりませんでしたが、ルイスレーンはわかりますか?」
「彼は死の商人……武器も扱う。エリンバウアは直接取引はないが、カメイラに武器を売り付けていた可能性はある。戦争は一番儲かるからな。彼の予想より早く戦争が終結して、しかもカメイラのクーデターによるあっけない終わり方だったからな。思った以上に稼げなくて#臍__ほぞ__#を噛んだのだろう」
「そんな……人がたくさん死ぬのに…」
人の生死を金儲けに……一度会っただけの彼の目を思い出し、彼なら他人の命など虫けらにしか思わないのだろうと変に納得した。
「アイリのいた所は平和だったのか?」
「まったく争いがなかったわけではありません。世界のどこかで紛争は起こっていたし、かつて世界を巻き込んだ大きな大戦もありました。天下統一を目指して互いの領地を奪い合ったり……でも私のいた国はもう七十年以上も戦争をしていませんでした」
「そうか……私は侯爵だが、同時に軍人でもある。軍人の妻は嫌か?私が軍人でなければ、今回のことはもしかしたらなかったかも知れない。君をこんな目に合わせたのは私が軍の高官だからだ」
さっき見せた容赦ない対応。私は見たことがないが、仕事ともなればルイスレーンはもっと恐ろしいのかも知れない。血筋や家柄だけで副官にまでなれるものなのかわからないが、人を斬ることを躊躇していては剣を奮うことなど出来ない。
「ルイスレーンはルイスレーンです。あなたの妻になったことに後悔はしていません。ここまで私を探しに来てくれて、私がクリスティアーヌでアイリだと受け入れてくれたあなたを信じます」
彼の衣服の袖をぎゅっと握り、気持ちが本当だとわかってもらうため、いつも以上に彼の目を見詰めた。
「不安だったろう?これからのことを話そう」
広げられた彼の胸に飛び込み、胸いっぱいに彼の匂いを吸い込んだ。ルーティアスになっていても、彼からは私を安心させてくれる香りがする。
「昼まで君は客とこの部屋にいることになった。私は明け方に一旦ここを密かに出る。私が出ていったら内から鍵をかけなさい。その後すぐに騒ぎが起きる。騒ぎが収まるまで部屋の鍵は開けるな。全てが落ち着いたらもう一度迎えにくるから」
「一緒には連れていってくれないんですか?」
今すぐにでも連れ出してくれると思っていたのに。ルイスレーンの服をぎゅっと握ってすがる私を困った顔で見つめる。
「今夜を逃したら、またいつこのクラブが開かれるかわからない。ここにはこの国にとって重要人物となる者達が大勢出入りしている。このクラブのことは以前から国で問題視されていたため、今回摘発が行われることになり、指揮を任された。君がここにいると情報を得たため、それを先に確めに来た。君だけを探して連れ帰るつもりだったが、そうはいかなくなった。だから、全てを制圧するまでここに潜んでいて欲しい」
ここにまだ残されることに不安しかなかったが、辛そうなルイスレーンの表情を見ると何も言えない。
「すまない……既にたくさん辛い目に合っている君にもう少し辛抱して欲しいと言うのは酷なことだとわかっている。私を恨んでもいい……君は無事に救いだす。私にはそれが最優先だ」
軍人であり、この国の貴族であるルイスレーンは今、私の身の安全と果たさなければならない責務との間で苦しんでいる。
私の身の安全だけを望んでも、そうできないもどかしさが彼の顔に表れている。
「私があなたを恨むなんて……天地がひっくり返ってもないわ」
「これを持っていてくれ」
そう言ってルイスレーンが上着の裏打ちを破って小刀を取り出した。上着に忍ばせることができる位に小さくて軽いが、鞘から出すと少し触れただけで切れそうな鋭利な刃がついていた。
「ここに来る客は身体検査をされるのでこの程度のものしか持ち込めなかった」
「ルイスレーンは?あなたの武器は?」
私がこれを奪ったら彼は何を武器に戦うのか。
「私の心配をしてくれるのかい?大丈夫だ。君よりずっと鍛えている。素手で何とかなる。一度に何人もの敵に囲まれてもすべて捩じ伏せてきた。私を弱くするのは君だけだ。君が行方しれずだと聞いて、君を失うのかと思ったら知らない内に体が震えた。君を取り戻すためなら私は何だってするよ」
私の髪に顔を埋めてくぐもった声で話す彼は本当に震えていた。
私が彼を弱くする?
「私も………二度とあなたに会えなくなると思ったら……でもどこまで私を探してくれるか不安で……長引いたらそのうちあなたは諦めてしまうんじゃないかと……ごめんなさい……あなたを疑ったわけではないの……でも」
「謝らなくていい。私は君を見つけるまで……地の果てまでだって何年かかろうが探し出す。私は信じている。君が別の世界に生まれ変わったのは、私に会うためだと。次元まで越えて巡り会ったのだから、見つけられないわけがない」
「ルイスレーン……」
見上げて彼の顔を見る。そこには極上の笑みを浮かべ緑とオレンジの混ざり合った瞳で見つめる愛しい人の顔があった。
「今は体力を温存して体を休めなさい」
そこに欲望の色も見えたが、彼はそれを押し殺し私の頭を優しく撫でた。かつて小さい頃、クリスティアーヌが母に怖い夢を見て泣いた時にやってもらったように安心できた。
ルイスレーンに急所を踏みつけられ気絶した男を思い出す。
「睾丸のひとつは潰れたかも知れないな。もしかしたら二度と使い物にならないかも。だが、その方が世のためだ」
「何もあそこまで……」
正直、ルイスレーンがあんなことをするとは思わなかったので驚いた。
「慈悲深いのはいいことだが、君は……クリスティアーヌは私と結婚しなければ、子爵のせいであの男、オヴァイエに売られていたんだぞ」
「え、あの……あの人に?」
王宮で叔父が誰かの妾にクリスティアーヌをと言っていたのは、あの人だったと聞いて身震いした。
「あいつは君が誰かわかっていた。私と結婚して手に入れられなかったことを今でも悔しがっている。だが、あいつの所へ行った女はひどい暴力を受けて半死半生の目に遭う。うまく隠蔽しているが、いずれ罪に問われるだろう」
その鉄槌を下すのはルイスレーンではないかと、何故か思った。
「今回のことに子爵は関わっているの?」
「それはわからない……だが、彼とオヴァイエの間にはお金を通じてやり取りがある。彼の奥方の実家の商売が傾きかけていると言っただろう?そこの借金も彼の貴族としての体面を保つための借金も、ばらばらだったものを最近はオヴァイエがまとめて精算した。その対価として君を差し出すつもりだったようだ。少なくともオヴァイエはモーシャスが君を手に入れたことを知っていた。君を拐う計画に関与していたのは事実だ。しかしあの男……君を見ただけで興奮して早漏も甚だしい……君があんな男の股間を一瞬でも目に入れさせられたかと思うと……」
「み、見てたんですか……」
確かにズボンを隆起させて既に湿っていた生地を見るのは気持ち悪かった。でもそれだけであの男にあそこまで……私にはどこまでも優しいルイスレーンの私の知らない顔を見た気がした。
「モーシャスは、私がこの目を持ち、ルイスレーンの妻だということが悪いのだと言いました。オヴァイエは私の目を見て興奮していました。モーシャスの言葉が本当なら、この目を持つ私に執着したのはオヴァイエ……だとしたら……彼はこうも言っていました。エリンバウア軍に辛酸を舐めさせられた報復だと」
「報復………そう彼は言ったんだな?」
「はい……私には意味がわかりませんでしたが、ルイスレーンはわかりますか?」
「彼は死の商人……武器も扱う。エリンバウアは直接取引はないが、カメイラに武器を売り付けていた可能性はある。戦争は一番儲かるからな。彼の予想より早く戦争が終結して、しかもカメイラのクーデターによるあっけない終わり方だったからな。思った以上に稼げなくて#臍__ほぞ__#を噛んだのだろう」
「そんな……人がたくさん死ぬのに…」
人の生死を金儲けに……一度会っただけの彼の目を思い出し、彼なら他人の命など虫けらにしか思わないのだろうと変に納得した。
「アイリのいた所は平和だったのか?」
「まったく争いがなかったわけではありません。世界のどこかで紛争は起こっていたし、かつて世界を巻き込んだ大きな大戦もありました。天下統一を目指して互いの領地を奪い合ったり……でも私のいた国はもう七十年以上も戦争をしていませんでした」
「そうか……私は侯爵だが、同時に軍人でもある。軍人の妻は嫌か?私が軍人でなければ、今回のことはもしかしたらなかったかも知れない。君をこんな目に合わせたのは私が軍の高官だからだ」
さっき見せた容赦ない対応。私は見たことがないが、仕事ともなればルイスレーンはもっと恐ろしいのかも知れない。血筋や家柄だけで副官にまでなれるものなのかわからないが、人を斬ることを躊躇していては剣を奮うことなど出来ない。
「ルイスレーンはルイスレーンです。あなたの妻になったことに後悔はしていません。ここまで私を探しに来てくれて、私がクリスティアーヌでアイリだと受け入れてくれたあなたを信じます」
彼の衣服の袖をぎゅっと握り、気持ちが本当だとわかってもらうため、いつも以上に彼の目を見詰めた。
「不安だったろう?これからのことを話そう」
広げられた彼の胸に飛び込み、胸いっぱいに彼の匂いを吸い込んだ。ルーティアスになっていても、彼からは私を安心させてくれる香りがする。
「昼まで君は客とこの部屋にいることになった。私は明け方に一旦ここを密かに出る。私が出ていったら内から鍵をかけなさい。その後すぐに騒ぎが起きる。騒ぎが収まるまで部屋の鍵は開けるな。全てが落ち着いたらもう一度迎えにくるから」
「一緒には連れていってくれないんですか?」
今すぐにでも連れ出してくれると思っていたのに。ルイスレーンの服をぎゅっと握ってすがる私を困った顔で見つめる。
「今夜を逃したら、またいつこのクラブが開かれるかわからない。ここにはこの国にとって重要人物となる者達が大勢出入りしている。このクラブのことは以前から国で問題視されていたため、今回摘発が行われることになり、指揮を任された。君がここにいると情報を得たため、それを先に確めに来た。君だけを探して連れ帰るつもりだったが、そうはいかなくなった。だから、全てを制圧するまでここに潜んでいて欲しい」
ここにまだ残されることに不安しかなかったが、辛そうなルイスレーンの表情を見ると何も言えない。
「すまない……既にたくさん辛い目に合っている君にもう少し辛抱して欲しいと言うのは酷なことだとわかっている。私を恨んでもいい……君は無事に救いだす。私にはそれが最優先だ」
軍人であり、この国の貴族であるルイスレーンは今、私の身の安全と果たさなければならない責務との間で苦しんでいる。
私の身の安全だけを望んでも、そうできないもどかしさが彼の顔に表れている。
「私があなたを恨むなんて……天地がひっくり返ってもないわ」
「これを持っていてくれ」
そう言ってルイスレーンが上着の裏打ちを破って小刀を取り出した。上着に忍ばせることができる位に小さくて軽いが、鞘から出すと少し触れただけで切れそうな鋭利な刃がついていた。
「ここに来る客は身体検査をされるのでこの程度のものしか持ち込めなかった」
「ルイスレーンは?あなたの武器は?」
私がこれを奪ったら彼は何を武器に戦うのか。
「私の心配をしてくれるのかい?大丈夫だ。君よりずっと鍛えている。素手で何とかなる。一度に何人もの敵に囲まれてもすべて捩じ伏せてきた。私を弱くするのは君だけだ。君が行方しれずだと聞いて、君を失うのかと思ったら知らない内に体が震えた。君を取り戻すためなら私は何だってするよ」
私の髪に顔を埋めてくぐもった声で話す彼は本当に震えていた。
私が彼を弱くする?
「私も………二度とあなたに会えなくなると思ったら……でもどこまで私を探してくれるか不安で……長引いたらそのうちあなたは諦めてしまうんじゃないかと……ごめんなさい……あなたを疑ったわけではないの……でも」
「謝らなくていい。私は君を見つけるまで……地の果てまでだって何年かかろうが探し出す。私は信じている。君が別の世界に生まれ変わったのは、私に会うためだと。次元まで越えて巡り会ったのだから、見つけられないわけがない」
「ルイスレーン……」
見上げて彼の顔を見る。そこには極上の笑みを浮かべ緑とオレンジの混ざり合った瞳で見つめる愛しい人の顔があった。
「今は体力を温存して体を休めなさい」
そこに欲望の色も見えたが、彼はそれを押し殺し私の頭を優しく撫でた。かつて小さい頃、クリスティアーヌが母に怖い夢を見て泣いた時にやってもらったように安心できた。