政略結婚から逃げたいのに旦那様から逃げられません
私の言葉にニコラス医師だけでなく、フォルトナー先生も目が点になっていた。

「モラ……セ?何だそれは。ジオラル……お前はわかるか」

ニコラスさんの質問に先生が首を振る。

「クリスティアーヌ様……何ですかそれは?」

「モラルハラスメントとセクシュアルハラスメントです。モラルハラスメントはこちらを過小評価したり役立たずだと罵って精神的に傷つけることです。セクシュアルハラスメントは私をお嬢ちゃんと女だからという理由でバカにすることです。どちらにしろ、相手が女で年も若いからと言って下に見ているからこその発言です。王室の主治医だがなんだか知りませんが、相手の能力もみないで外見だけで判断するのは雇い主としては失格です」

ぽかんと口を開けてこちらを見ているニコラス医師を見て、少し言いすぎたかなと反省したが、最初が肝心だと思った。

「いや、すまない。思ったより口が立つことはわかった」

素直に謝ることができるあたり、ニコラス医師は威張るだけの人ではないみたいだ。

「ジオラル……このお嬢ちゃ……彼女はどこで見つけてきた?」
「探していたわけではないが、何か役に立ちたいと言うので、ここを紹介した。身元は確かだし、頭も切れる。性格は……思っていたより勝ち気らしい」

横に座る先生も初めて見るように私を見る。

「それで、あなたのお名前は?」

そう訊かれてまだ名乗っていなかったことに気づいた。

「失礼しました。き…クリスティアーヌ・リンドバルクと言います」

思わず如月愛理と名乗りそうになって土壇場で気がついた。

本当にここでお世話になることになれば、本名は隠した方がいいのかも知れないが、採用にあたっては嘘は吐きたくなかった。

「リンドバルク?確かジオラルが昔家庭教師をしていた……」
「そうだ。私が家庭教師をしていたご子息の奥様だ」
「え、と言うことは……貴族……ジオラル、いくら何でも侯爵夫人に子どもの世話なんて」

案の定、彼は私の素性を知って二の足を踏んだ。

「まあ、そう言わずに話だけでも最後まで聞いて欲しい。それに、悪い話ではないぞ。何せ彼女は貴族の奥方だ。給料はいらないと言っているし、逆に保育園の運営に資金まで出すと言っている。彼女を雇うお金が浮いて寄付までしてもらえる。その分で別の誰かを雇うなり設備を整えたり出来るのでは?」

甘い言葉で先生は誘いかける。

「……わかった。話だけでも聞こう」

私を雇うことのメリットを考えて、ニコラス医師は聞くだけだぞ。と念を押した。

先生は私の境遇について、クリスティアーヌとしての事情だけを話した。
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