政略結婚から逃げたいのに旦那様から逃げられません
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白いシーツに広がる長い髪。泣いていたのかその睫は微かに濡れ、頬にも涙が伝った後がある。泣いている声は聞こえなかった。
声を圧し殺して泣いていたのだろう。
初夜を拒絶した相手の側で眠りこけるなど無防備にもほどがある。
半ば呆れながら起こさないように睫に付いた水滴を指で拭う。
新婚初夜のために用意された薄い夜着の深い襟繰りにある紐がほどけ、ふくよかな胸のふくらみが浅い呼吸と共に上下する。
自分が少し動いたことで振動が伝わり、はらりと布が落ちて下にあった方の乳房が顕になり、その光景に視線が釘付けになった。
白磁の肌が余計にその頂にある乳輪と乳首を際立たせている。
上になっている腕に押し潰されるようになっているその豊かな胸が、自分の掌の力で形を変え、今は陥没しているその頂が、自分の愛撫でピンと立つ姿を思い描いてしまい、自身のものが熱く疼くのを意識し、これ以上見るのは目の毒だと視線をそらした。
彼女には時間が必要だ。
なぜ彼女があんなに怯えていたのか、夫婦の夜の生活について心の準備ができていないのは確かだ。
結局初夜は失敗に終わったが、妻として彼女を守ろうと思う気持ちは今も変わらない。
どうすれば彼女を喜ばせることができるか、これまで女性を喜ばせる方法など考えたこともないし全く思い浮かばない。
だが、彼女の涙は二度と見たくないと思った。
この戦争を終わらせることが自分が今出来ること。そうすれば平和が訪れ国は更に潤う。それがしいては国民である彼女を守ることに繋がるのだ。
彼はそう信じていた。
それから一週間後、次の野営地への出動準備をしている時、またもや皇子に呼ばれた。
「お呼びでしょうか」
執務室に入ると、彼は書き物机に座り何かを書いていたので、片手で座るようにと目の前の椅子を薦められた。
黙って示された椅子に座り、仕事が一段落するまで待つ。
「待たせてすまない」
「いえ、ご用件は何でしょうか」
皇子は、何も言わず封筒を差し出した。
「今朝届いた。言っておくが中は見ていないぞ」
いつものダレクからだと思い中の便箋を開くと、初めて見る文字だった。
それはひとつの詩だった。
ひとつひとつの文章は文字を習いたての子どものようにたどたどしかったが、とても美しい文字で書かれていて、一体誰が書いたのだろうと思った。
詩が書かれた紙をめくると、次は手紙だった。
『親愛なるルイスレーン様』
その言葉が目に飛び込んできた。
最初、それは誰のことかと考えて、それが自分だと気がついた。
手紙が誰が書いたものかもすぐにわかった。
執事のダレクから以外の手紙が戦地に届いたのは初めてのことだ。
しかも、それは結婚式の日以来会っていない妻からのもの。
内容は戦地の自分を案じ、自分の近況を伝える短いものだった。
『クリスティアーヌ』
最後に書かれた彼女の名前の一文字一文字を指でなぞる。
確か彼女は文字を忘れていると、ダレクが書いていなかったか。
「実は今度、皇太子妃様と私の妻が主催で茶会を開くことになったそうだ」
「茶会……ですか」
妻の手紙を食い入るように見つめるルイスレーンに皇子が話を切り出す。
「招待客は今回遠征に来ている軍人の妻たちだ」
その中には当然クリスティアーヌも含まれる。
皇太子妃と第二皇子妃。二人に彼女のことを見極めてもらおうと言う意図なのだ。
「私なりにそなたのことを案じているのだ。父上の命令とは言え、そなたには幸せになってもらいたいと思っている」
「ですが彼女は過去の記憶がなく、茶会の作法も覚えているかどうか……」
「そのことは彼女たちにも理解していただいている。そのことでそなたの奥方が辛い思いをせぬよう、手助けしてもらうよう頼んでいる」
「お気遣いありがとうございます」
ルイスレーンはそう言うしかなかった。
茶会は第二皇子が皇太子妃と自分の妃に頼んだに違いない。
戦地にいる夫にたった一行の手紙も送ってこない妻とは、一体どのような女性なのかと見極めさせるつもりなのだろう。
しかし、今は彼の手にはたどたどしくとも夫の身を案じ書かれた手紙がある。
その手紙が文字の練習と称してフォルトナーに書かされたものだとは知るよしもなかったが、部下や同僚が便りを心待ちにしていた気持ちが理解できた。
「自分を思って届けられた手紙というものは、嬉しいものなのですね」
そう言って大事そうに封筒に手紙をしまう彼の顔に、皇子でさえも初めて見る笑みが浮かんでいたのは、彼の気のせいだっただろうか。
白いシーツに広がる長い髪。泣いていたのかその睫は微かに濡れ、頬にも涙が伝った後がある。泣いている声は聞こえなかった。
声を圧し殺して泣いていたのだろう。
初夜を拒絶した相手の側で眠りこけるなど無防備にもほどがある。
半ば呆れながら起こさないように睫に付いた水滴を指で拭う。
新婚初夜のために用意された薄い夜着の深い襟繰りにある紐がほどけ、ふくよかな胸のふくらみが浅い呼吸と共に上下する。
自分が少し動いたことで振動が伝わり、はらりと布が落ちて下にあった方の乳房が顕になり、その光景に視線が釘付けになった。
白磁の肌が余計にその頂にある乳輪と乳首を際立たせている。
上になっている腕に押し潰されるようになっているその豊かな胸が、自分の掌の力で形を変え、今は陥没しているその頂が、自分の愛撫でピンと立つ姿を思い描いてしまい、自身のものが熱く疼くのを意識し、これ以上見るのは目の毒だと視線をそらした。
彼女には時間が必要だ。
なぜ彼女があんなに怯えていたのか、夫婦の夜の生活について心の準備ができていないのは確かだ。
結局初夜は失敗に終わったが、妻として彼女を守ろうと思う気持ちは今も変わらない。
どうすれば彼女を喜ばせることができるか、これまで女性を喜ばせる方法など考えたこともないし全く思い浮かばない。
だが、彼女の涙は二度と見たくないと思った。
この戦争を終わらせることが自分が今出来ること。そうすれば平和が訪れ国は更に潤う。それがしいては国民である彼女を守ることに繋がるのだ。
彼はそう信じていた。
それから一週間後、次の野営地への出動準備をしている時、またもや皇子に呼ばれた。
「お呼びでしょうか」
執務室に入ると、彼は書き物机に座り何かを書いていたので、片手で座るようにと目の前の椅子を薦められた。
黙って示された椅子に座り、仕事が一段落するまで待つ。
「待たせてすまない」
「いえ、ご用件は何でしょうか」
皇子は、何も言わず封筒を差し出した。
「今朝届いた。言っておくが中は見ていないぞ」
いつものダレクからだと思い中の便箋を開くと、初めて見る文字だった。
それはひとつの詩だった。
ひとつひとつの文章は文字を習いたての子どものようにたどたどしかったが、とても美しい文字で書かれていて、一体誰が書いたのだろうと思った。
詩が書かれた紙をめくると、次は手紙だった。
『親愛なるルイスレーン様』
その言葉が目に飛び込んできた。
最初、それは誰のことかと考えて、それが自分だと気がついた。
手紙が誰が書いたものかもすぐにわかった。
執事のダレクから以外の手紙が戦地に届いたのは初めてのことだ。
しかも、それは結婚式の日以来会っていない妻からのもの。
内容は戦地の自分を案じ、自分の近況を伝える短いものだった。
『クリスティアーヌ』
最後に書かれた彼女の名前の一文字一文字を指でなぞる。
確か彼女は文字を忘れていると、ダレクが書いていなかったか。
「実は今度、皇太子妃様と私の妻が主催で茶会を開くことになったそうだ」
「茶会……ですか」
妻の手紙を食い入るように見つめるルイスレーンに皇子が話を切り出す。
「招待客は今回遠征に来ている軍人の妻たちだ」
その中には当然クリスティアーヌも含まれる。
皇太子妃と第二皇子妃。二人に彼女のことを見極めてもらおうと言う意図なのだ。
「私なりにそなたのことを案じているのだ。父上の命令とは言え、そなたには幸せになってもらいたいと思っている」
「ですが彼女は過去の記憶がなく、茶会の作法も覚えているかどうか……」
「そのことは彼女たちにも理解していただいている。そのことでそなたの奥方が辛い思いをせぬよう、手助けしてもらうよう頼んでいる」
「お気遣いありがとうございます」
ルイスレーンはそう言うしかなかった。
茶会は第二皇子が皇太子妃と自分の妃に頼んだに違いない。
戦地にいる夫にたった一行の手紙も送ってこない妻とは、一体どのような女性なのかと見極めさせるつもりなのだろう。
しかし、今は彼の手にはたどたどしくとも夫の身を案じ書かれた手紙がある。
その手紙が文字の練習と称してフォルトナーに書かされたものだとは知るよしもなかったが、部下や同僚が便りを心待ちにしていた気持ちが理解できた。
「自分を思って届けられた手紙というものは、嬉しいものなのですね」
そう言って大事そうに封筒に手紙をしまう彼の顔に、皇子でさえも初めて見る笑みが浮かんでいたのは、彼の気のせいだっただろうか。