政略結婚から逃げたいのに旦那様から逃げられません
驚くエマさんにイザベラさんが説明する。

「実はこのお菓子はクリスティアーヌ様がお作りになられました。お気に召していただけたようですね」
「え、ええ……正直驚きました。まさか侯爵夫人が厨房に立ってお菓子を作られるなんて」
「本格的なものは難しいですが、これはクレープ生地を焼いて重ねるだけですから」

私が侯爵夫人である以上、どこに行ってもきっとエマさんのような対応をされるだろうとイザベラさんが言うので、お近づきの印にとミルクレープを作った。

ひとくち食べる前に私が作ったと言わなかったのは、そう言えばまたお菓子にも遠慮するだろうと思ったからだ。

二口目を口にしてそれを飲み込むと、エマさんが何やら考え込むように下を向いた。

「………せん」
「え?」「え?」

あまりに小さい声だったので、私とイザベラさんがエマさんの方へ耳を傾ける。

「信じられません……侯爵夫人がこんなことまで……しかもこんなに美味しいなんて」

言いながらバクバク一人分をペロリと平らげた。

「ごちそう様でした」
「お粗末様でした」

綺麗に食べてもらって作った甲斐があった。

「お菓子作りなど貴族の奥さまがされるのは珍しいですが、お料理もなさるのですか?」
「まあ、簡単なものなら……」

晩餐に出すようなものは難しいが、ホームパーティーで出すような料理や昼食程度のものなら多分できるだろう。
あまり本格的にやるとダレクやマリアンナに貴族の奥方がそんなことをと小言を貰いかねないので控えている。

「先ほどは色々と失礼いたしました。侯爵夫人ほどの方が私のような者にまでお心を砕いていただけるとは思いませんでしたので……でも自らお菓子を焼いて、私の淹れたお茶を同じテーブルで召し上がっていただいているのを見て、私が思い違いをしておりました。侯爵様はお幸せですね。美しくてお優しい奥さまがいて」

エマさんが私を受け入れてくれたのはうれしいが、最後のくだりについては曖昧に笑って誤魔化した。

私のやっていることは貴族の奥方としては夫の望んでいたことではないかもしれない。
ここでエマさんのような境遇の方たちと触れあうより、もっと社交の場に出て夫の出世の助けになるような方たちと親交を深めることを望んでいるかもしれない。

でもお茶会に出て、私を受け入れてくれたのはイザベラさんたちで、高位貴族の方たちは私の元の身分の低さを気にし、娘の結婚相手を奪った女という目でしか見なかった。
それ以外の方々は遠巻きに私を見ているばかりだった。

また来ることを約束してエマさんの家を出て、それから三人のお宅をイザベラさんと訪問した。

何人かは私が帰るまでよそよそしさが抜けなかったが、手土産のミルクレープは喜んでもらえたみたいで、概ね成功したと言えるかもしれない。
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