政略結婚から逃げたいのに旦那様から逃げられません
クリストフ・モンドリオール。それが父の名前。
子爵であった父は私が十歳の時に亡くなった。
そこまではダレクやマリアンナから訊いていた。

その後、爵位は父の弟ミゲルが継いだ。
母の生家は伯爵だったが、母が嫁いだ後すぐ没落しており、母の父母も既にいなかったため、爵位を継いだ叔父が兄の遺族である私たちの面倒を見ることになったが、すぐに叔父が妻を迎えたため、私たちは本宅ではなく小さな別宅を与えられてそこに移り住んだ。

それが私が十二歳の時。

「そなたの父親が亡くなった頃、ちょうど余も王妃を亡くしてな。跡目を弟が継いだと耳にはしたが、そなたらの処遇についてきちんと対応してくれていると思っていた。本当は直接暮らしぶりについてそなたの母、カロリーナに訊ねるべきであった。許せ」

その頃のことは記憶にないが、ダレクたちから聞いた話では親子二人の暮らしぶりはお世辞にもよくなかったらしい。

「もったいないことです。王家の血筋なのは私や母だけではないでしょう。全て気にされていては陛下の身が持ちません」

「子爵からは月々親子が困らない程度のお金を渡していると聞いていた。まさか幼いそなたが母の代わりに苦労していたとは思わなかった」

その頃私はデビューの年を迎えていたが、母の看病などでろくな支度も出来ず、現れた私の様子に陛下も驚いたという。

慌てて陛下が子爵を呼んで問いただした。

叔父からの話ではその頃私たちの世話をするために雇われていた使用人の一人が、叔父から渡される生活費をくすねていたらしい。
叔父も信頼していた者に長年裏切られていたと知り、泣いて陛下に詫びたと言う。

私のデビューにしても叔父はその使用人に出来るだけのことをするようにと言いつけてあったそうだ。

その使用人は自分の悪事が叔父に知れたと知るや姿を眩ましてしまったということだった。
叔父が全てを知ったときには、母はすでに病に侵されていて、その後の看病の甲斐もなく亡くなった。

「母親のことは気の毒であった。だから残されたそなたのことは子爵に任せるのではなく、余もできるだけのことはしてやりたかった」
「それがルイスレーン様との結婚……」
「そうだ。そなたは紛れもなく王室の血を引いている。その瞳がそうだ。王家の者に現れるという黄金の瞳。余は少し茶が混じっておるが、そなたはより鮮やかな金に日輪のような紋様が入っている」

この瞳の色が王室の血を継いでいる証だとは思わなかった。

「なぜ、リンドバルク侯爵だったのですか?」

「彼では不服か?」

質問に質問で返されてしまった。

「不服というか……陛下が母のこともあり私のことを気にかけていただいていることはわかりました……女の幸せが結婚だとお相手を決めていただいたことはわかります……でも、それなら他にも候補は……」
「そなたにとっては耳の痛いことだろうが、いくら王室の血筋と言えどそなたには財産もない。後ろ楯となる母親の生家はすでに無く、子爵家もそれほど力があるわけではない。加えて育った境遇でそなたは淑女として教育を受けておらん。その意味がわかるか」
「……私を妻に迎えてもあまり得にはならないということですね。しかもきちんと教育を受けていないとあれば、嫁に迎えた後に一から教育しなければならない」
「……すまん。辛いことを言わせた。まだ年端もいかないそなたに言わせることではなかった。こんなことになるまでに我々年長の者が手を打たねばならなかったというのに」
「今の私は過去にどんなことがあったか覚えておりません。ですので、昔のことを言われても何の感情もありません」

今さら何か言ったところで父も母も生き返らない。私は今から始めるしかない。

「私の貴族令嬢としての結婚条件が良くないことはわかりました。だったらリンドバルク侯爵はなぜ私を娶られたのでしょうか。もしや陛下が何か交換条件でもおっしゃったのですか?例えば領地をやるとか高い地位を約束するとか……もしやオリヴァー殿下の副官も……」
「ば……おいそれは……」
「貴様、無礼な」

私がそう言うとニコラス先生が驚き、護衛のマクミランさんが食って掛かった。
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