政略結婚から逃げたいのに旦那様から逃げられません
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砦に戻ってから五日後、大公たちの陣営は見事クーデターを成功させた。
前線に待機していたこちら側に逃げ込んできた国王の残党を捕獲し、大公たちに引き渡した。
国王をはじめその妃と親族は数日の内に処刑された。
そして新たに大公たちが国王に擁立したのは、処刑された王の弟だった。
新王は齢十九。処刑された王とは十五も離れていた。
彼は幼い頃からカラトゥリ大公の所に預けられ、性格は温厚でかなり頭が切れるということだった。
ルイスレーンが先の公約についての新王からの親書を携え、再び王都に辿り着いたのは夜もかなり遅い時間だった。
深夜の訪問にも関わらず、ルーティアスとしての扮装のままダリウス国王に拝謁の許可が降りた。
「確かに、新王の書状を受け取った。ご苦労だったな」
渡された書状に目を通してダリウス国王が労う。
「いよいよ帰還だな。オリヴァーは達者か?」
「はっ。殿下にあらせられましては、ご健勝でいらっしゃいます」
「早速明日、国中に戦争終結の報をだそう。大義であった。長い間ご苦労だった。砦に戻ったら皆にも伝えてくれ」
「恐悦至極にございます」
「それはそうと……先日クリスティアーヌにあったぞ」
いきなりクリスティアーヌの名前を聞いて、下を向いていたルイスレーンは思わず顔をあげた。
「陛下が、クリスティアーヌに…ですか」
「この前、クリスティアーヌがベイルに診察をしてもらったと申したであろう?それで余も気になって彼に直接問い合わせたのだ。彼が王都に診療所を開いたことは存じておるな」
「はい。クリスティアーヌもそこの運営の手助けをしたいと申しておりました」
彼女の手紙に書いていたことを思いだし答える。
「そうか、知っておったか。ちゃんと伝えておったのだな。それでベイルからクリスティアーヌがそこで子どもたちの面倒を見ていると言うのでな、密かに王宮を抜け出して診療所に様子を見に行ったのだ」
「え?……あ、失礼いたしました」
国王から聞かされた内容に驚き、思わず我が耳を疑って尋ね返してしまった。
内心の動揺を隠そうと慌てて下を向く。
聞き間違いではないのか?彼女が働く?子どもたちの面倒を見ている?
「どうした?」
「いえ……陛下がお忍びでさようなことを……もちろんマクミラン殿も御一緒ですよね」
「さすがに余もそこまでは無謀ではない。しかしなかなか面白かったぞ。クリスティアーヌがエプロンを着けて平民のような服装で現れたのでな」
王の話を聞いて、ますます混乱した。
診療所の支援をしたいと書いていたが、てっきりお金を出すだけだと思っていた。まさかそういう支援だとは思いもしなかった。
彼の脳裏に先日王都で出会った彼女の様子が浮かんだ。
朝早く王都を出歩いて何をしていたのかと思っていたが、あれはベイル氏の所へ向かっていたのか。
彼女から嗅いだミルクと消毒薬の匂い。
あれはそういうことか。
「じっくり話したのは初めてだったが、なかなかはきはきと物を言う娘だった。そなたが自分との結婚を承諾した裏で何か取引があったのかと余に訊いてきた」
「そのようなことを……申し訳ございません」
彼女が王に向かってそんなことを言ったことにまた驚いた。そんな大胆なことが出来るようには見えなかったが。
「よいよい。怒ってはおらん。余もそんな取引はしておらんとはっきり否定しておいた。しかし、実際のところはどうなのだ?話を持ってきたのは余だが、そなたには断ることもできた」
寛大な国王の言葉にホッとしつつ、後の問いに対して言葉が出てこなかった。
「クリスティアーヌは絶世のとはいかないまでも、美人ではあるとは思わんか?」
黙ったままのところに更に訊ねてくる。
「それ故にそなたがそこを見込んで嫁にしたとは思わないのかと訊ねたら、真っ向から否定した。それはないとな。自己評価は低いな。容姿だけで男に望まれる女性も珍しくないというのに、自分はそのような価値はないと思っているようだ」
ルイスレーンは再び結婚式での彼女の姿を思い浮かべる。
キャラメル色の髪に黄金の瞳、染みひとつない白い肌。鼻は高すぎす低すぎす、ふっくらとした唇。細身の体ながら十分に女性らしい体つきをしている。
彼女を不器量だと言う人間はいないだろう。
それどころか十二分に美しい。
まだ誰も足を踏み入れたことのない、新雪のように無垢なその姿を思い浮かべ、彼女を望まない男などいないと思った。
「実は彼女を結婚式よりも前に見かけたことがございます。彼女のデビューの折り王宮の警備に就いておりましたので」
「そうだったか……それは初めて聞いた」
「彼女はどうかわかりません。その頃の記憶が今はないと思います」
「そなたは覚えていたのだな」
「少々………人の顔を覚えるのは得意ですので」
言葉を濁して答える。一度見た人の顔は比較的覚えている方だが、あの日の彼女は悪目立ちしていた。
不格好なドレスに身を包み最後まで壁の花だった彼女のデビューは決していい思い出ではなかっただろう。あの時の姿を見られていたと知ったら恥ずかしさのあまり卒倒するかもしれない。
砦に戻ってから五日後、大公たちの陣営は見事クーデターを成功させた。
前線に待機していたこちら側に逃げ込んできた国王の残党を捕獲し、大公たちに引き渡した。
国王をはじめその妃と親族は数日の内に処刑された。
そして新たに大公たちが国王に擁立したのは、処刑された王の弟だった。
新王は齢十九。処刑された王とは十五も離れていた。
彼は幼い頃からカラトゥリ大公の所に預けられ、性格は温厚でかなり頭が切れるということだった。
ルイスレーンが先の公約についての新王からの親書を携え、再び王都に辿り着いたのは夜もかなり遅い時間だった。
深夜の訪問にも関わらず、ルーティアスとしての扮装のままダリウス国王に拝謁の許可が降りた。
「確かに、新王の書状を受け取った。ご苦労だったな」
渡された書状に目を通してダリウス国王が労う。
「いよいよ帰還だな。オリヴァーは達者か?」
「はっ。殿下にあらせられましては、ご健勝でいらっしゃいます」
「早速明日、国中に戦争終結の報をだそう。大義であった。長い間ご苦労だった。砦に戻ったら皆にも伝えてくれ」
「恐悦至極にございます」
「それはそうと……先日クリスティアーヌにあったぞ」
いきなりクリスティアーヌの名前を聞いて、下を向いていたルイスレーンは思わず顔をあげた。
「陛下が、クリスティアーヌに…ですか」
「この前、クリスティアーヌがベイルに診察をしてもらったと申したであろう?それで余も気になって彼に直接問い合わせたのだ。彼が王都に診療所を開いたことは存じておるな」
「はい。クリスティアーヌもそこの運営の手助けをしたいと申しておりました」
彼女の手紙に書いていたことを思いだし答える。
「そうか、知っておったか。ちゃんと伝えておったのだな。それでベイルからクリスティアーヌがそこで子どもたちの面倒を見ていると言うのでな、密かに王宮を抜け出して診療所に様子を見に行ったのだ」
「え?……あ、失礼いたしました」
国王から聞かされた内容に驚き、思わず我が耳を疑って尋ね返してしまった。
内心の動揺を隠そうと慌てて下を向く。
聞き間違いではないのか?彼女が働く?子どもたちの面倒を見ている?
「どうした?」
「いえ……陛下がお忍びでさようなことを……もちろんマクミラン殿も御一緒ですよね」
「さすがに余もそこまでは無謀ではない。しかしなかなか面白かったぞ。クリスティアーヌがエプロンを着けて平民のような服装で現れたのでな」
王の話を聞いて、ますます混乱した。
診療所の支援をしたいと書いていたが、てっきりお金を出すだけだと思っていた。まさかそういう支援だとは思いもしなかった。
彼の脳裏に先日王都で出会った彼女の様子が浮かんだ。
朝早く王都を出歩いて何をしていたのかと思っていたが、あれはベイル氏の所へ向かっていたのか。
彼女から嗅いだミルクと消毒薬の匂い。
あれはそういうことか。
「じっくり話したのは初めてだったが、なかなかはきはきと物を言う娘だった。そなたが自分との結婚を承諾した裏で何か取引があったのかと余に訊いてきた」
「そのようなことを……申し訳ございません」
彼女が王に向かってそんなことを言ったことにまた驚いた。そんな大胆なことが出来るようには見えなかったが。
「よいよい。怒ってはおらん。余もそんな取引はしておらんとはっきり否定しておいた。しかし、実際のところはどうなのだ?話を持ってきたのは余だが、そなたには断ることもできた」
寛大な国王の言葉にホッとしつつ、後の問いに対して言葉が出てこなかった。
「クリスティアーヌは絶世のとはいかないまでも、美人ではあるとは思わんか?」
黙ったままのところに更に訊ねてくる。
「それ故にそなたがそこを見込んで嫁にしたとは思わないのかと訊ねたら、真っ向から否定した。それはないとな。自己評価は低いな。容姿だけで男に望まれる女性も珍しくないというのに、自分はそのような価値はないと思っているようだ」
ルイスレーンは再び結婚式での彼女の姿を思い浮かべる。
キャラメル色の髪に黄金の瞳、染みひとつない白い肌。鼻は高すぎす低すぎす、ふっくらとした唇。細身の体ながら十分に女性らしい体つきをしている。
彼女を不器量だと言う人間はいないだろう。
それどころか十二分に美しい。
まだ誰も足を踏み入れたことのない、新雪のように無垢なその姿を思い浮かべ、彼女を望まない男などいないと思った。
「実は彼女を結婚式よりも前に見かけたことがございます。彼女のデビューの折り王宮の警備に就いておりましたので」
「そうだったか……それは初めて聞いた」
「彼女はどうかわかりません。その頃の記憶が今はないと思います」
「そなたは覚えていたのだな」
「少々………人の顔を覚えるのは得意ですので」
言葉を濁して答える。一度見た人の顔は比較的覚えている方だが、あの日の彼女は悪目立ちしていた。
不格好なドレスに身を包み最後まで壁の花だった彼女のデビューは決していい思い出ではなかっただろう。あの時の姿を見られていたと知ったら恥ずかしさのあまり卒倒するかもしれない。