政略結婚から逃げたいのに旦那様から逃げられません
凱旋パレードが落ち着いてトムと共に邸へ戻ると、マリアンナが慌てて駆け寄ってきて、部屋まで連れ込まれてお風呂に放り込まれた。
そこから茶会の時のように身体中磨きあげられる。
「旦那様にお美しい奥様をお見せしましょう」
鼻息荒くマリアンナを筆頭に飾り立てられる。
普段は着けないコルセットも着せられ、ただ出迎えるだけなのに物凄い力の入れようだ。
ちょっと苦しいが、これは私がコルセットになれていないせいだろう。
胸の辺りまでの長さの髪をゆったりとした三つ編みにして顔の両側に一房ずつ散らす。
青より紺に近い色のエンパイアラインのドレスはスタンドカラーから胸元へV字に深く切り込みが入り、ちょっと谷間が強調されているのではと思う。
既に侯爵家から王宮に迎えの馬車が差し向けられ、邸内は主の帰宅準備が整えられる。
「お帰りになりました!」
太陽が西に傾きかける頃、先触れの使用人が到着し皆に告げる。
「さあ、クリスティアーヌ様、お出迎えにまいりましょう」
緊張が走り一気に喉が渇いた。
コルセットのせいで息もしづらい。
マリアンナに手を引かれながら階段を降りきると、馬車が走ってくる音が聞こえてきた。
正面玄関の扉が両開きに開かれ、両脇に使用人たちが立ち並ぶ中を歩いていく。
玄関ポーチの端には既にダレクが待ち構えていて、彼の向こうに夕暮れの日射しに照らされた侯爵家の家紋をあしらった豪華な馬車が走ってくるのが見えた。
ダレクの反対側にマリアンナが加わる。
どんどん大きくなる馬車に反比例するように私の勇気はどんどん萎んでいく。
「クリスティアーヌ様、笑顔、笑顔です」
「わ、わかってる」
ようやくポーチの端にたどり着き、目の前に馬車が止まった瞬間に頭を下げた。
コルセットのせいで体を曲げると更に圧迫された。
御者が足台を置いて扉を開けるとすかさずダレクが動く。
「お帰りなさいませ。旦那様。長い間お勤めご苦労様でございます」
馬車から人が出て来るのがわかり、ダレクが声をかける。
「留守の間、面倒をかけたな」
耳に飛び込んできた声に身が震えた。
低くよく通る、耳に心地よい声だった。
「お帰りなさいませ、旦那様」
マリアンナも声をかける。
「元気だったか?」
「はい、お陰さまで。旦那様は少しお痩せになられたのでは?あちらではろくなものを食べていなかったのでしょう」
「戦争に行っていたのだ。食べるものに贅沢は言っていられない。一日二回食べられていただけでよしとしなければ」
「お戻りになれらたからには、料理長のガストンが美味しくて栄養のある物をお作りします」
「ガストンの料理は最高だからな。実は向こうで夢にも出てきた」
マリアンナとの会話をきいて、まるで親子の会話だなと聞き入っていた。
話し声とともに足音が近づき、下を向いている私の視界に磨きあげられた黒革のブーツの足先が見えた。
「………………」
暫く沈黙が続く。俯いている頭に視線を感じるのになぜ何も言わないのか。
「旦那様……奥様です。クリスティアーヌ様ですよ」
ダレクが私が誰か説明する。
まさか彼まで記憶を失くしているわけではないのに、少々間抜けな発言だった。
「………わかっている……その……長い間留守にしてすまなかった……ここでの生活にはもう慣れたか」
「はい…ありがとう……ござ……」
そこで顔をあげて私は彼の顔を見上げ、途中で言葉を失った。
背が高い。かなり上を向かなければいけなかった。
迫る夕闇が長い影を玄関ポーチに落としかけているが、間近にいる人物の顔を判別できないほどではない。
私を見下ろす彼は確かに誰もが認める美しい顔をしていた。
美しいと言っても女性的な美しさは全く無く、通った鼻筋、しっかりとした顎、頬骨のはっきりとした精悍な顔立ちをしている。
白の制帽を被り、白い軍服の襟や胸には色々な勲章や階級章が取り付けられている。
やばい。やばいよやばいよやばいよ。とどこかのリアクション芸人の言葉が頭に思い浮かぶ。
やばすぎる。覚悟はしていたが、これはかなりの男前だ。
そんな男前の彼は何故だが唇を固く結び私を睨み付けるように見下ろしている。
私は息をするのも忘れて彼の顔を凝視していた。
青と黄色の混じった瞳がこちらを見返す。
「クリスティアーヌ?」
夕闇が迫り辺りが一気に暗くなったと思ったら、そのまま私は気を失ってルイスレーン様の腕に崩れ落ちた。
そこから茶会の時のように身体中磨きあげられる。
「旦那様にお美しい奥様をお見せしましょう」
鼻息荒くマリアンナを筆頭に飾り立てられる。
普段は着けないコルセットも着せられ、ただ出迎えるだけなのに物凄い力の入れようだ。
ちょっと苦しいが、これは私がコルセットになれていないせいだろう。
胸の辺りまでの長さの髪をゆったりとした三つ編みにして顔の両側に一房ずつ散らす。
青より紺に近い色のエンパイアラインのドレスはスタンドカラーから胸元へV字に深く切り込みが入り、ちょっと谷間が強調されているのではと思う。
既に侯爵家から王宮に迎えの馬車が差し向けられ、邸内は主の帰宅準備が整えられる。
「お帰りになりました!」
太陽が西に傾きかける頃、先触れの使用人が到着し皆に告げる。
「さあ、クリスティアーヌ様、お出迎えにまいりましょう」
緊張が走り一気に喉が渇いた。
コルセットのせいで息もしづらい。
マリアンナに手を引かれながら階段を降りきると、馬車が走ってくる音が聞こえてきた。
正面玄関の扉が両開きに開かれ、両脇に使用人たちが立ち並ぶ中を歩いていく。
玄関ポーチの端には既にダレクが待ち構えていて、彼の向こうに夕暮れの日射しに照らされた侯爵家の家紋をあしらった豪華な馬車が走ってくるのが見えた。
ダレクの反対側にマリアンナが加わる。
どんどん大きくなる馬車に反比例するように私の勇気はどんどん萎んでいく。
「クリスティアーヌ様、笑顔、笑顔です」
「わ、わかってる」
ようやくポーチの端にたどり着き、目の前に馬車が止まった瞬間に頭を下げた。
コルセットのせいで体を曲げると更に圧迫された。
御者が足台を置いて扉を開けるとすかさずダレクが動く。
「お帰りなさいませ。旦那様。長い間お勤めご苦労様でございます」
馬車から人が出て来るのがわかり、ダレクが声をかける。
「留守の間、面倒をかけたな」
耳に飛び込んできた声に身が震えた。
低くよく通る、耳に心地よい声だった。
「お帰りなさいませ、旦那様」
マリアンナも声をかける。
「元気だったか?」
「はい、お陰さまで。旦那様は少しお痩せになられたのでは?あちらではろくなものを食べていなかったのでしょう」
「戦争に行っていたのだ。食べるものに贅沢は言っていられない。一日二回食べられていただけでよしとしなければ」
「お戻りになれらたからには、料理長のガストンが美味しくて栄養のある物をお作りします」
「ガストンの料理は最高だからな。実は向こうで夢にも出てきた」
マリアンナとの会話をきいて、まるで親子の会話だなと聞き入っていた。
話し声とともに足音が近づき、下を向いている私の視界に磨きあげられた黒革のブーツの足先が見えた。
「………………」
暫く沈黙が続く。俯いている頭に視線を感じるのになぜ何も言わないのか。
「旦那様……奥様です。クリスティアーヌ様ですよ」
ダレクが私が誰か説明する。
まさか彼まで記憶を失くしているわけではないのに、少々間抜けな発言だった。
「………わかっている……その……長い間留守にしてすまなかった……ここでの生活にはもう慣れたか」
「はい…ありがとう……ござ……」
そこで顔をあげて私は彼の顔を見上げ、途中で言葉を失った。
背が高い。かなり上を向かなければいけなかった。
迫る夕闇が長い影を玄関ポーチに落としかけているが、間近にいる人物の顔を判別できないほどではない。
私を見下ろす彼は確かに誰もが認める美しい顔をしていた。
美しいと言っても女性的な美しさは全く無く、通った鼻筋、しっかりとした顎、頬骨のはっきりとした精悍な顔立ちをしている。
白の制帽を被り、白い軍服の襟や胸には色々な勲章や階級章が取り付けられている。
やばい。やばいよやばいよやばいよ。とどこかのリアクション芸人の言葉が頭に思い浮かぶ。
やばすぎる。覚悟はしていたが、これはかなりの男前だ。
そんな男前の彼は何故だが唇を固く結び私を睨み付けるように見下ろしている。
私は息をするのも忘れて彼の顔を凝視していた。
青と黄色の混じった瞳がこちらを見返す。
「クリスティアーヌ?」
夕闇が迫り辺りが一気に暗くなったと思ったら、そのまま私は気を失ってルイスレーン様の腕に崩れ落ちた。