政略結婚から逃げたいのに旦那様から逃げられません
「なぜ手を?」

ルイスレーン様が訊ねる。
既に手は握ってはいないが、私の取った行動に戸惑われているのがわかる。

「泣いていらっしゃると思ったので……私には何も出来ませんが……」
「励ましてくれようとしたのか」
「すいません……おこがましいですよね。今のは忘れてください」

考えてみれば余計なお世話だ。泣いているように見えたのは私の思い込みかもしれないのに。何を勘違いして立派な男性の彼を慰めようとしたのか。穴があったら入りたいとはこういうことだ。

「クリスティアーヌ……あなたが私を気遣ってくれたことをどうして忘れろと言うのだ。謝ることではない。むしろこちらが感謝したいくらいだ」

「それなら……良かった」

余計なことをしたと怒られるかと思ったが受け入れてもらえて嬉しかった。

「あなたは優しいな……人の痛みがわかる方だ」

「そんないいものではありません」

私ならこういう時、こうして欲しいと思ったことをしただけだ。それよりルイスレーン様の話し方は、ストレート過ぎて聞いているこちらが気恥ずかしくなる。

私の性格に対する評価など何の役にも立たないというのに。

「それに美しい」

「え!」

驚いて見上げると見下ろすルイスレーン様の瞳と視線がぶつかった。面と向かってそんなことを言われたことがないので、一瞬頭が真っ白になった。

「そのドレスも宝石も良く似合っている。あなたの白い肌に映えて……」

耳元に寄せる彼の唇から紡がれる言葉と、むき出しの背中の肩甲骨の辺りに触れるルイスレーン様の温かい手が私の神経を研ぎ澄ます。

優しいとか言われるのも照れるが、美しいと言われるともっと恥ずかしい。

マリアンナたちに言われるのと訳が違う。
同性の、しかも侯爵邸に仕える彼女たちが、仮にも主の妻を誉めるのはある意味当然だ。
一見無愛想で社交辞令のひとつも言わないようなルイスレーン様に言われると、彼女たちには悪いが、比ではないくらいインパクトがある。

「お世辞でも嬉しいです」

『愛理』の時は父を除けば誰にも言ってもらえなかった言葉だ。

「クリスティアーヌ、世辞では……」

「やあ、リンドバルク卿」

私たちに気づいたオリヴァー殿下が手を上げ近づいてくる。アンドレア殿下もいて、そこにエレノア妃、そしてイヴァンジェリン妃の姿を認め、少し前の茶会でのことが頭を過る。


アンドレア殿下は国王陛下と面差しがよく似ている。
イヴァンジェリン妃の側に立つオリヴァー殿下は国王陛下よりは王妃様に似ているのだろう。ルイスレーン様と年も近そうで、彼のことを気に入っているのがわかる。
どちらも総じて美形なので、それぞれのお妃様と並んでいると畏れ多くて近寄りがたい。
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