政略結婚から逃げたいのに旦那様から逃げられません
総勢五人程の貴婦人の集団。
この場合、背後に流れるバックミュージックは何だろう。
私の味方とも言えるのはイヴァンジェリン様唯一人。それだって筆頭侯爵家のお二人を含む彼女たちと私、どちらかの肩を持つのは妃の立場では難しければ中立を貫くしかないだろう。
拳を握り締め、覚悟を決める。
ルイスレーン様が何度も私にかけてくれた言葉が唯一の私の盾で武器だ。
そんなことを考えているとすぐ目の前に彼女たちが到着した。
「ごきげんよう、キャシディー様、ディアナ様」
「イヴァンジェリン様、こんばんは。此度のオリヴァー殿下の勲章授与、おめでとうございます」
「「「「「おめでとうございます」」」」」
代表してルクレンティオ侯爵夫人が挨拶し、皆がその後に続いて挨拶する。
「ありがとう、皆さん。殿下もおっしゃったように、殿下お一人では成し得なかったこと。多くの方々の犠牲と献身があったからこそ。それに此度は対戦相手がクーデターで自滅したようなものですから」
「もちろんですわ。ですが殿下の統率力と的確な指示があったからこそ、それに運も実力のうちですわ」
オーレンス侯爵夫人がイヴァンジェリン様から私に視線を移す。
ようやく私と言う存在に気がついたかのようだ。
「こちらは、初めてお会いしますわね」
「彼女はクリスティアーヌさん、リンドバルク侯爵の奥様よ」
「お初にお目にかかります。クリスティアーヌと申します」
イヴァンジェリン様が紹介してくださり、頭を下げて挨拶する。
「リンドバルク卿がご結婚されていたとは初耳ですわ」
「戦時中ゆえ、身内だけで内々に行いました」
顔を上げて彼女たちの顔色を窺う。
私の足元を救おうと攻撃する材料を探しているようだ。
「その眼の色……そういうことね……」
妙に納得したようにディアナ様が呟く。
「どちらのご令嬢でしたかしら」
「父は前のモンドリオール子爵クリストフ、母はカロリーナ。カディルフ伯爵の娘です」
「カディルフ伯爵?」
「十年以上前に没落しております」
オーレンス侯爵夫人が母の生家についてすぐに思い付かなかったので、後ろにいた女性がそっと助け船を出す。
「そう言えば何代か前の皇女がそんな名前の伯爵と駆け落ち同然の結婚をしたことがありましたわね」
「当時は王宮内でけっこうな騒ぎになったとか……私も聞いたことがありますわ」
皇女と伯爵とのスキャンダル。当時の王宮の噂好きの人達にとっては格好の餌だっただろう。
「その方の血筋ということは、あなたと侯爵との結婚に陛下が関わっていらっしゃるということかしら」
「そうですわね、滅多に夜会にお出でにならなかった侯爵と、殆ど社交の場でお見かけしたことのないあなた。接点がありませんもの」
「侯爵は軍人で忠実な臣下、陛下からの命令には逆らえなかったのでしょう」
ここまで私は黙って彼女たちが好きに話すのを聞いていた。
まったく知らない父や母、それに昔の先祖らしき人達のロマンスのことを聞いても全く実感はない。
でも最後にディアナ様が言った言葉。
所詮侯爵も権力には逆らえないという言葉は私の怒りの琴線に触れた。
「それで、旦那様の侯爵は新婚の妻を置いてどちらにいらっしゃったのかしら」
「先ほどオリヴァー殿下とご一緒にお仕事で席を外されました。すぐにお戻りになるそうですが……」
「まあ、そうですの……それは残念ですわ。侯爵とも直接お祝いを申し上げたかったのに」
私には結婚おめでとうとは言わなかった夫人がいかにも残念そうに言う。
オリヴァー殿下とともにルイスレーン様がいなくなり、皇太子殿下も他の方々の接待に行かれたことを見計らって来たことは百も承知なのに、わざと話題を振る。
「お母様、遅れてごめんなさい」
不意に私達の間を割って入るように数人のお供を従えた令嬢が現れた。
「ヴァネッサ………」
ディアナ夫人が彼女の名前を呼ぶ。
彼女はルクレンティオ侯爵家のご令嬢らしい。
流行の最先端なのか、肩出しスタイルの光沢のあるブルーの生地に身を包み、栗色の髪をハーフアップにし、耳と首回りに豪奢な宝石を纏っている。
「イヴァンジェリン様、お久しぶりでございます」
「ヴァネッサ嬢、相変わらず華やかですわね。おいくつになられたのかしら」
「今年で十九になります」
軽く膝を曲げてイヴァンジェリン様に挨拶するが、私には一瞥を向けただけで母親に視線を向ける。
「あら、ではリンドバルク夫人と同じ年ね」
「そうなのですか……」
ヴァネッサ嬢がまじまじと私の顔を見る。
「娘と同じなら、デビュタントも同じだったのかしら……ヴァネッサ、あなたお会いしているのでは?」
「どうだったかしら?あの日はダンスの申し込みが殺到して、とても大変だったことしか覚えていませんわ」
「デビュタントね。踊ってばかりであなたが疲労困憊で帰って来たのを覚えているわ」
「そういえば、デビュタントの警備にリンドバルク侯爵が就いておられて、私の姿を誉めてくださったわ」
「まあ、お仕事中に……それで、侯爵夫人はお見かけしたの?」
「あら、そう言えば……何だか変な格好をした令嬢がいたわね」
ちらりと彼女が扇越しに私の方に視線だけ向ける。
私はと言えば、記憶にないことなので何とも言えない。それよりルイスレーン様があの会場に居たことに驚いた。
この場合、背後に流れるバックミュージックは何だろう。
私の味方とも言えるのはイヴァンジェリン様唯一人。それだって筆頭侯爵家のお二人を含む彼女たちと私、どちらかの肩を持つのは妃の立場では難しければ中立を貫くしかないだろう。
拳を握り締め、覚悟を決める。
ルイスレーン様が何度も私にかけてくれた言葉が唯一の私の盾で武器だ。
そんなことを考えているとすぐ目の前に彼女たちが到着した。
「ごきげんよう、キャシディー様、ディアナ様」
「イヴァンジェリン様、こんばんは。此度のオリヴァー殿下の勲章授与、おめでとうございます」
「「「「「おめでとうございます」」」」」
代表してルクレンティオ侯爵夫人が挨拶し、皆がその後に続いて挨拶する。
「ありがとう、皆さん。殿下もおっしゃったように、殿下お一人では成し得なかったこと。多くの方々の犠牲と献身があったからこそ。それに此度は対戦相手がクーデターで自滅したようなものですから」
「もちろんですわ。ですが殿下の統率力と的確な指示があったからこそ、それに運も実力のうちですわ」
オーレンス侯爵夫人がイヴァンジェリン様から私に視線を移す。
ようやく私と言う存在に気がついたかのようだ。
「こちらは、初めてお会いしますわね」
「彼女はクリスティアーヌさん、リンドバルク侯爵の奥様よ」
「お初にお目にかかります。クリスティアーヌと申します」
イヴァンジェリン様が紹介してくださり、頭を下げて挨拶する。
「リンドバルク卿がご結婚されていたとは初耳ですわ」
「戦時中ゆえ、身内だけで内々に行いました」
顔を上げて彼女たちの顔色を窺う。
私の足元を救おうと攻撃する材料を探しているようだ。
「その眼の色……そういうことね……」
妙に納得したようにディアナ様が呟く。
「どちらのご令嬢でしたかしら」
「父は前のモンドリオール子爵クリストフ、母はカロリーナ。カディルフ伯爵の娘です」
「カディルフ伯爵?」
「十年以上前に没落しております」
オーレンス侯爵夫人が母の生家についてすぐに思い付かなかったので、後ろにいた女性がそっと助け船を出す。
「そう言えば何代か前の皇女がそんな名前の伯爵と駆け落ち同然の結婚をしたことがありましたわね」
「当時は王宮内でけっこうな騒ぎになったとか……私も聞いたことがありますわ」
皇女と伯爵とのスキャンダル。当時の王宮の噂好きの人達にとっては格好の餌だっただろう。
「その方の血筋ということは、あなたと侯爵との結婚に陛下が関わっていらっしゃるということかしら」
「そうですわね、滅多に夜会にお出でにならなかった侯爵と、殆ど社交の場でお見かけしたことのないあなた。接点がありませんもの」
「侯爵は軍人で忠実な臣下、陛下からの命令には逆らえなかったのでしょう」
ここまで私は黙って彼女たちが好きに話すのを聞いていた。
まったく知らない父や母、それに昔の先祖らしき人達のロマンスのことを聞いても全く実感はない。
でも最後にディアナ様が言った言葉。
所詮侯爵も権力には逆らえないという言葉は私の怒りの琴線に触れた。
「それで、旦那様の侯爵は新婚の妻を置いてどちらにいらっしゃったのかしら」
「先ほどオリヴァー殿下とご一緒にお仕事で席を外されました。すぐにお戻りになるそうですが……」
「まあ、そうですの……それは残念ですわ。侯爵とも直接お祝いを申し上げたかったのに」
私には結婚おめでとうとは言わなかった夫人がいかにも残念そうに言う。
オリヴァー殿下とともにルイスレーン様がいなくなり、皇太子殿下も他の方々の接待に行かれたことを見計らって来たことは百も承知なのに、わざと話題を振る。
「お母様、遅れてごめんなさい」
不意に私達の間を割って入るように数人のお供を従えた令嬢が現れた。
「ヴァネッサ………」
ディアナ夫人が彼女の名前を呼ぶ。
彼女はルクレンティオ侯爵家のご令嬢らしい。
流行の最先端なのか、肩出しスタイルの光沢のあるブルーの生地に身を包み、栗色の髪をハーフアップにし、耳と首回りに豪奢な宝石を纏っている。
「イヴァンジェリン様、お久しぶりでございます」
「ヴァネッサ嬢、相変わらず華やかですわね。おいくつになられたのかしら」
「今年で十九になります」
軽く膝を曲げてイヴァンジェリン様に挨拶するが、私には一瞥を向けただけで母親に視線を向ける。
「あら、ではリンドバルク夫人と同じ年ね」
「そうなのですか……」
ヴァネッサ嬢がまじまじと私の顔を見る。
「娘と同じなら、デビュタントも同じだったのかしら……ヴァネッサ、あなたお会いしているのでは?」
「どうだったかしら?あの日はダンスの申し込みが殺到して、とても大変だったことしか覚えていませんわ」
「デビュタントね。踊ってばかりであなたが疲労困憊で帰って来たのを覚えているわ」
「そういえば、デビュタントの警備にリンドバルク侯爵が就いておられて、私の姿を誉めてくださったわ」
「まあ、お仕事中に……それで、侯爵夫人はお見かけしたの?」
「あら、そう言えば……何だか変な格好をした令嬢がいたわね」
ちらりと彼女が扇越しに私の方に視線だけ向ける。
私はと言えば、記憶にないことなので何とも言えない。それよりルイスレーン様があの会場に居たことに驚いた。