政略結婚から逃げたいのに旦那様から逃げられません
「お兄様、いい所に来ていただいたわ」
イヴァンジェリン様が兄にウインクする。
「お役に立ったのなら良かった。しかし、あまり彼女たちを刺激するものでないよ、フランチェスカ」
「ごめんなさい。彼女を見ていると昔の私を思い出して……」
「あなたの場合は物理的に彼女たちをどうにかするのではとハラハラしたよ」
「それは信用がありませんわね。私も侯爵夫人となって長いのですから、もう昔みたいな無茶はしませんわ。でも、驚いたわ。あなたちゃんとあの女狐たちに立ち向かっていたわね」
「めぎ……フランチェスカ」
フランチェスカ様の言葉に夫のローガン様が諌めたが、他の二人は言及を避けた。その沈黙はお二人も同意されたということかしら。
「改めて、フランチェスカよ。よろしくね。マリアーサ様は先ほどお会いになったのね」
握手を求められおずおずと握り返す。
「はい、先ほど馬車止まりのところで……」
「それより、肝心の殿下や侯爵はどうなさった?陛下もいらっしゃらないし、何かあったのかな」
ローガン様がイヴァンジェリン様に訊ねる。
「それは私にも……火急のことだと侍従が殿下を呼びに来て、陛下と侯爵も一緒に……」
「砦の方で何かあったか?戦争が終わったと言え、まだまだ落ち着かないこともあるだろう」
難しい顔で思案する侯爵を見て、また戦争が起こるのかと不安になった。
「ローガン、不安を煽るようなことを……彼女が不安がっている。せっかく夫が帰還したばかりだと言うのに……」
「これはすまない。私の意見は忘れてくれ。単なる憶測に過ぎない」
今度はローガン様が慌てて取り繕う。
「今夜のところはもうあなたに絡む人はいないでしょう。私もそろそろ夫の元に戻りますわ」
「マリアーサ様、ありがとうございます」
私を心配して来てくださったことに感謝を述べると、彼女は畳んだ扇を振って気にするなとおっしゃった。
「フランチェスカ様だけでは別の意味で雲行きが怪しくなると思っただけですわ。イヴァンジェリン様もお立場から誰か特定の方の肩を持つことも難しいでしょうし。今度お茶にでもご招待しますわ」
それでは皆様、とおっしゃって彼女は私達から離れていった。
「フランチェスカ、我々もそろそろ……後少しでダンスが始まる。それまでにご挨拶しなければならない方がいる」
「わかりましたわ。イヴァンジェリン様、クリスティアーヌさん、そういうわけですので、私たちも……」
「色々とお気遣いいただきありがとうございます」
「今後ともフランチェスカとも仲良くしてやって欲しい」
「こちらこそ……もったいないことでございます」
二人が立ち去り私とイヴァンジェリン様だけになった。
「あなたを誤解していたわ」
二人きりになってイヴァンジェリン様がおっしゃった。
「誤解?」
「先日のお茶会……あなたのことを良く知りもしないで、戦地の侯爵に気遣いもないのかと責めたりして……何か事情があったかも知れないのに」
「あの、いえ……そんな……」
クリスティアーヌが侯爵に手紙を書けなかった、あるいは書けなかった事情は私もよくわからないので、そのことにはあまり触れられなくない。
「でも今夜あなたを気遣う侯爵や先ほどのあなたの発言…私達が口を挟むことではなかったわ。二人が互いを受け入れているなら、私達は見守ることにするわ」
終わり良ければと言ったところか。とりあえずクリスティアーヌへの誤解は打ち消されたみたいだ。
ルイスレーン様が繰り返し、この結婚は自分が決めたとおっしゃったことが私に立ち向かう勇気を与えてくれたのは間違いない。
「クリスティアーヌ」
名を呼ばれ振り返る。
少し薄くなった赤茶けた髪をした細身の中年の男性と、その彼と腕を組む派手な印象の同年代の女性が立っていた。
その二人を見た途端、何故だが心臓の鼓動が跳ね上がった。
イヴァンジェリン様が兄にウインクする。
「お役に立ったのなら良かった。しかし、あまり彼女たちを刺激するものでないよ、フランチェスカ」
「ごめんなさい。彼女を見ていると昔の私を思い出して……」
「あなたの場合は物理的に彼女たちをどうにかするのではとハラハラしたよ」
「それは信用がありませんわね。私も侯爵夫人となって長いのですから、もう昔みたいな無茶はしませんわ。でも、驚いたわ。あなたちゃんとあの女狐たちに立ち向かっていたわね」
「めぎ……フランチェスカ」
フランチェスカ様の言葉に夫のローガン様が諌めたが、他の二人は言及を避けた。その沈黙はお二人も同意されたということかしら。
「改めて、フランチェスカよ。よろしくね。マリアーサ様は先ほどお会いになったのね」
握手を求められおずおずと握り返す。
「はい、先ほど馬車止まりのところで……」
「それより、肝心の殿下や侯爵はどうなさった?陛下もいらっしゃらないし、何かあったのかな」
ローガン様がイヴァンジェリン様に訊ねる。
「それは私にも……火急のことだと侍従が殿下を呼びに来て、陛下と侯爵も一緒に……」
「砦の方で何かあったか?戦争が終わったと言え、まだまだ落ち着かないこともあるだろう」
難しい顔で思案する侯爵を見て、また戦争が起こるのかと不安になった。
「ローガン、不安を煽るようなことを……彼女が不安がっている。せっかく夫が帰還したばかりだと言うのに……」
「これはすまない。私の意見は忘れてくれ。単なる憶測に過ぎない」
今度はローガン様が慌てて取り繕う。
「今夜のところはもうあなたに絡む人はいないでしょう。私もそろそろ夫の元に戻りますわ」
「マリアーサ様、ありがとうございます」
私を心配して来てくださったことに感謝を述べると、彼女は畳んだ扇を振って気にするなとおっしゃった。
「フランチェスカ様だけでは別の意味で雲行きが怪しくなると思っただけですわ。イヴァンジェリン様もお立場から誰か特定の方の肩を持つことも難しいでしょうし。今度お茶にでもご招待しますわ」
それでは皆様、とおっしゃって彼女は私達から離れていった。
「フランチェスカ、我々もそろそろ……後少しでダンスが始まる。それまでにご挨拶しなければならない方がいる」
「わかりましたわ。イヴァンジェリン様、クリスティアーヌさん、そういうわけですので、私たちも……」
「色々とお気遣いいただきありがとうございます」
「今後ともフランチェスカとも仲良くしてやって欲しい」
「こちらこそ……もったいないことでございます」
二人が立ち去り私とイヴァンジェリン様だけになった。
「あなたを誤解していたわ」
二人きりになってイヴァンジェリン様がおっしゃった。
「誤解?」
「先日のお茶会……あなたのことを良く知りもしないで、戦地の侯爵に気遣いもないのかと責めたりして……何か事情があったかも知れないのに」
「あの、いえ……そんな……」
クリスティアーヌが侯爵に手紙を書けなかった、あるいは書けなかった事情は私もよくわからないので、そのことにはあまり触れられなくない。
「でも今夜あなたを気遣う侯爵や先ほどのあなたの発言…私達が口を挟むことではなかったわ。二人が互いを受け入れているなら、私達は見守ることにするわ」
終わり良ければと言ったところか。とりあえずクリスティアーヌへの誤解は打ち消されたみたいだ。
ルイスレーン様が繰り返し、この結婚は自分が決めたとおっしゃったことが私に立ち向かう勇気を与えてくれたのは間違いない。
「クリスティアーヌ」
名を呼ばれ振り返る。
少し薄くなった赤茶けた髪をした細身の中年の男性と、その彼と腕を組む派手な印象の同年代の女性が立っていた。
その二人を見た途端、何故だが心臓の鼓動が跳ね上がった。