政略結婚から逃げたいのに旦那様から逃げられません
叔父との邂逅。私の言葉を聞いてルイスレーン様に緊張が走ったのがわかった。
「……彼は何と?」
「私が侯爵家に入ってから全く連絡が取れないと苦情を言っておりました。私も彼と積極的に連絡を取ろうとは思っておりませんでしたが、ルイスレーン様があえてそうしていたとは知りませんでした」
唯一の肉親の彼と頻繁とはいかないまでも半年以上も接触がなかったのは何故なのか。少し考えればおかしいと気付くだろう。
「そのことは、帰ってから話そう」
厳しい顔つきの彼を見て、ここでこれ以上話すことでないのだと悟り、素直に頷いた。
結局ルイスレーン様とは一曲も踊ることはできなかった。
あの後会場に戻り、ルイスレーン様と共に何人か軍の方々と顔合わせをし、陛下にはまた明日お会いすることもあり、軽く挨拶だけをして帰宅した。
ルイスレーン様も何やら難しい顔をされていて、叔父とのことだけでなく、夜会の始まりにオリヴァー殿下と共に席を外した際に何かあったのだろうと推測した。
気疲ればかりの夜会だったが、素敵な出会いもあった。
ルクレンティオ侯爵夫人たちとの一件は、ほとんどやっかみだということは判っていたので、これが夜会あるあるだと思えばそれなりに楽しい場面だった。
それに並みいる貴族の方々の中で、ルイスレーン様がどれ程素晴らしい人かも改めて知った。
そんなルイスレーン様の妻が私でいいのかと思ってしまうが、私に寄り添って護ってくれるのを見ると、乙女の願望は充分に満たされた。
お姫様抱っこもあごクイも、私の手からタルトを食べたことも、手の甲やおでこへのキスも……
あの唇が私の唇に触れたらどうかなんて……欲しいと望むのは贅沢だろうか。
妻としては大事にしてくれているのはわかるが、女として見てくれているのかは別問題だ。
「今日はもう疲れただろう。話は明日にしよう」
時刻は真夜中近く。帰りの馬車の中でもうとうとしかけ、何度かぐらついていた。邸に帰りそう言われると、確かに疲れきっていた。
「ルイスレーン様は?」
「私はまだやることがある。気にせず休みなさい」
玄関で出迎えてくれたマディソンたちに私を任せると、軽く私の腕に触れてからルイスレーン様は一人書斎へ向かった。
「さあ、クリスティアーヌ様……お部屋にまいりましょう」
去っていく彼の後ろ姿を見つめている私にマディソンが話しかけた。
疲れているのは彼だってそうではないのかと思いながら、部屋に入り部屋着に着替える。
「まあ、クリスティアーヌ様……その腕はどうされたのですか?」
ドレスを脱いだ私の左腕を見てマディソンが小さく叫んだ。
叔父に掴まれた二の腕が赤く腫れている。
「どこかでぶつけたかしら……」
指の形がうっすらと見えているが、真実を告げるべきか悩む。信じてもらえないだろうかと思って、誤魔化した。
明日になれば青く痣になるのではないだろうか。
「痛くはないから大丈夫よ。私から旦那様にお話しするまで言わないで」
私の気持ちを察してマディソンは不承不承ながら頷いた。
「何かお飲み物をお持ちしましょうか」
「水があるから大丈夫よ。マディソンも遅くまでご苦労様。早く休んでね」
誰かに帰りを待っていてもらうことになれていないし、甲斐甲斐しく世話をしてくれることを未だに申し訳なく思ってしまい、必要以上に何かを頼むことはしない。
ドレスの着付けはさすがに一人では無理なので手伝ってもらうが、普段着の着替えも一人でしようと思えばできるのだが、それでは彼女たちの仕事を奪ってしまうことになる。
部屋で一人になると、寝台によじ登り、体育座りになって腕についた赤い筋を眺めた。
叔父たちを見て感じた嫌悪感が浴びせられた言葉とともに甦る。
姪を好色な金持ちの妾として売ろうとしていた叔父。
国王陛下が私をルイスレーン様と結婚させなければ、今ごろどうなっていたのだろうと思うと身の毛がよだつ。
父の死後、母が私を抱えて頼るべき実家もなく途方にくれて叔父にすがっても仕方がない。亡くなった夫が事業に失敗をしていたことを、そして後を継いだ叔父がその尻拭いと併せて兄の遺族の面倒までみなくてはならなかったことを、彼女はどう思っていたのだろう。
叔父からの生活費を使用人が使い込んでいたということだが、今夜の叔父の様子ではよくて雀の涙程、もしかしたらそれすらもなかったのではないだろうか。
こうなったら辛くても全てを思い出すべきではないだろうか。
寝台に潜り色々なことを考えながら、ルイスレーン様が部屋に戻る音が聞こえないかと扉の方を見つめるが、彼ならきっと足音を殆ど立てずに通るだろう。
異変に気づいたのは、その夜からだった。
「……彼は何と?」
「私が侯爵家に入ってから全く連絡が取れないと苦情を言っておりました。私も彼と積極的に連絡を取ろうとは思っておりませんでしたが、ルイスレーン様があえてそうしていたとは知りませんでした」
唯一の肉親の彼と頻繁とはいかないまでも半年以上も接触がなかったのは何故なのか。少し考えればおかしいと気付くだろう。
「そのことは、帰ってから話そう」
厳しい顔つきの彼を見て、ここでこれ以上話すことでないのだと悟り、素直に頷いた。
結局ルイスレーン様とは一曲も踊ることはできなかった。
あの後会場に戻り、ルイスレーン様と共に何人か軍の方々と顔合わせをし、陛下にはまた明日お会いすることもあり、軽く挨拶だけをして帰宅した。
ルイスレーン様も何やら難しい顔をされていて、叔父とのことだけでなく、夜会の始まりにオリヴァー殿下と共に席を外した際に何かあったのだろうと推測した。
気疲ればかりの夜会だったが、素敵な出会いもあった。
ルクレンティオ侯爵夫人たちとの一件は、ほとんどやっかみだということは判っていたので、これが夜会あるあるだと思えばそれなりに楽しい場面だった。
それに並みいる貴族の方々の中で、ルイスレーン様がどれ程素晴らしい人かも改めて知った。
そんなルイスレーン様の妻が私でいいのかと思ってしまうが、私に寄り添って護ってくれるのを見ると、乙女の願望は充分に満たされた。
お姫様抱っこもあごクイも、私の手からタルトを食べたことも、手の甲やおでこへのキスも……
あの唇が私の唇に触れたらどうかなんて……欲しいと望むのは贅沢だろうか。
妻としては大事にしてくれているのはわかるが、女として見てくれているのかは別問題だ。
「今日はもう疲れただろう。話は明日にしよう」
時刻は真夜中近く。帰りの馬車の中でもうとうとしかけ、何度かぐらついていた。邸に帰りそう言われると、確かに疲れきっていた。
「ルイスレーン様は?」
「私はまだやることがある。気にせず休みなさい」
玄関で出迎えてくれたマディソンたちに私を任せると、軽く私の腕に触れてからルイスレーン様は一人書斎へ向かった。
「さあ、クリスティアーヌ様……お部屋にまいりましょう」
去っていく彼の後ろ姿を見つめている私にマディソンが話しかけた。
疲れているのは彼だってそうではないのかと思いながら、部屋に入り部屋着に着替える。
「まあ、クリスティアーヌ様……その腕はどうされたのですか?」
ドレスを脱いだ私の左腕を見てマディソンが小さく叫んだ。
叔父に掴まれた二の腕が赤く腫れている。
「どこかでぶつけたかしら……」
指の形がうっすらと見えているが、真実を告げるべきか悩む。信じてもらえないだろうかと思って、誤魔化した。
明日になれば青く痣になるのではないだろうか。
「痛くはないから大丈夫よ。私から旦那様にお話しするまで言わないで」
私の気持ちを察してマディソンは不承不承ながら頷いた。
「何かお飲み物をお持ちしましょうか」
「水があるから大丈夫よ。マディソンも遅くまでご苦労様。早く休んでね」
誰かに帰りを待っていてもらうことになれていないし、甲斐甲斐しく世話をしてくれることを未だに申し訳なく思ってしまい、必要以上に何かを頼むことはしない。
ドレスの着付けはさすがに一人では無理なので手伝ってもらうが、普段着の着替えも一人でしようと思えばできるのだが、それでは彼女たちの仕事を奪ってしまうことになる。
部屋で一人になると、寝台によじ登り、体育座りになって腕についた赤い筋を眺めた。
叔父たちを見て感じた嫌悪感が浴びせられた言葉とともに甦る。
姪を好色な金持ちの妾として売ろうとしていた叔父。
国王陛下が私をルイスレーン様と結婚させなければ、今ごろどうなっていたのだろうと思うと身の毛がよだつ。
父の死後、母が私を抱えて頼るべき実家もなく途方にくれて叔父にすがっても仕方がない。亡くなった夫が事業に失敗をしていたことを、そして後を継いだ叔父がその尻拭いと併せて兄の遺族の面倒までみなくてはならなかったことを、彼女はどう思っていたのだろう。
叔父からの生活費を使用人が使い込んでいたということだが、今夜の叔父の様子ではよくて雀の涙程、もしかしたらそれすらもなかったのではないだろうか。
こうなったら辛くても全てを思い出すべきではないだろうか。
寝台に潜り色々なことを考えながら、ルイスレーン様が部屋に戻る音が聞こえないかと扉の方を見つめるが、彼ならきっと足音を殆ど立てずに通るだろう。
異変に気づいたのは、その夜からだった。