雇われ寵姫は仮初め夫の一途な愛に気がつかない
「騎士にあるまじき所業なのではないですか?」
つい嫌味が出てしまうのは仕方がない。ディーデリックはほんの少しだけ身動ぎし、薄く唇を開くがすぐにまた閉じてしまう。それがさらにリサを苛立たせる。
「もう! なんですかさっきから! そうやってずっと何か言いかけては黙って!! やっと口を開いたと思えば嫌だ、の一言だけ! 言いたい事があるなら言ったらいいじゃないですか! この〈ヘタレ!!〉」
「〈好きだ〉」
「……は……?」
ついには他国の言語で罵詈雑言が飛び出たリサに対し、ディーデリックはそれと同じ言葉で返す。まさか、の事態にリサは固まる。今の言葉は東方に位置する国の言葉で、それをディーデリックが話せるという事と、そして、その話してきた中身の二つについて。
「リサ、あなたが、好きなんです」
「……はぁっ!?」
リサの顔が驚きと若干の疑いの色に染まる。無理もない、愛の言葉を口にしてきたはずの男は顔を顰めているのだから。
「あの……そうまでして契約を終わらせたくない理由がおありなんですか?」
リサが知らないだけで、何かしら深く難解な事情があるのかもしれない。生真面目な彼がこんな嘘を吐いてまでリサを引き留めようとしているのだ、理由如何によっては力を貸してもいいけれど――そうまで考えた瞬間、リサの脳裏に一つの答えが閃いた。
「もしや思いを寄せている方がいらっしゃる!?」
「貴女にですね!」
即答で否を突きつけられ、リサは「ええええ」と声を漏らす。どうしたって無理だろう、こんな、顰めっ面で好きだと言われても信じられるわけがない。
「……そう言われましても……」
「信じて貰えないのは重々承知しています……」
ディーデリックは深く重い溜め息と共に項垂れた。彼自身、これまでのリサとの関係、そして自分の態度が非常によろしくなかったのは自覚しているようだ。
「何一つ言葉にせず、かろうじて物しか贈っていなかったですからね……伝わるわけがないんです」
リサはつい「ですよね」と即答しかけたが、どうにかそれは飲み込んで大人しく話の続きを待つ。そうしてしばらく待てば、腹を括ったディーデリックから思いも寄らない言葉が飛び出た。
「ずっと貴女が好きだったんです!……ずっと……初めて会った時から、この十五年……」
「長っ! って違う、え!? 十五!? 五年じゃなくて!?」
リサが初めてディーデリックと出会ったのは五年前だ。もしかしたら、それまでの夜会の場ですれ違う程度はあったかもしれないが、彼の言い分からしてそうではない。そもそも十五年も前だとしたら、リサは十一歳でディーデリックは十歳のはずだ。