雇われ寵姫は仮初め夫の一途な愛に気がつかない


「子どもの頃にお会いした事ありましたっけ……?」
「貴女は覚えていないと思いますよ。俺も名乗ったわけではないですし、出会ったといってもほんの少しの時間でしたから」

 リサは懸命に記憶を探るが、残念ながら思い当たる節が欠片も無い。そもそもあまり思い出したくはない年代なのだ、その頃は。苛められて鬱屈していた所から一転、売られた喧嘩は尽く買っていた、一番血の気の多い時期だ。

「子どもの頃の俺はかなり弱かったんです。体力もなければ知力もあるわけでなし、いつも苛められては泣いてばかりで」
「……想像つきませんが?」
「貴女に相応しい男になるように頑張ったんですよ」

 項垂れたままだったディーデリックはそこでようやく顔を上げた。眉間に皺は刻まれたままだが顰めっ面ではなく、そしてどこか苦笑しているように見える。

「苛められて泣いていた俺を、貴女は助けてくれたんです。さらには相手にもの凄い剣幕で言い立てて……あれはベインツの言葉でしたね……当時は分からなかったけど、今なら俺も覚えました」
「あー……そう、ですね、ちょうど覚えた時だからまあ……使いたかったのは、ありました……」

 徐々に思い出される記憶が恥ずかしくて堪らない。それでもディーデリックの言う事柄がどれなのかまでは思い出せない。というか、多すぎて分からないのだ。

「ある意味……手当たり次第食ってかかっていたので……」
「貴女に助けられた子どもは多いと思います。俺はその内の一人なだけです、覚えていないのも当然ですよ」
「それで……ええと、その時に……?」
「はい、貴女を好きになりました。きちんと想いを自覚したのはもう少し経ってからですが、あの時に俺は貴女に心を奪われたんです」
「……ちょっとよく分かりませんね!? 決して褒められた態度というか口調ではなかったはずですよ!? それなのに!?」
「自分よりも年上の、しかも数人を相手に、淀みなく他国の言葉で罵倒する貴女は俺にとっての英雄でしたよ」

 騒ぎを聞きつけて大人が集まってきた為にそこで終了となり、リサはそのまま養父母と共に足早に去って行った。

「貴女の出自はあの時すでに知れ渡っていたので、庇われながら貴女が誰なのか気付きました。何一つ貴女に非は無いのに虐げられて、それでも負けずに立ち向かう姿がとても眩しくて感動しました」

 こうなりたいと思った。不当な圧力に負けない強い心を持ちたいと。

「それから頑張って身体を鍛えました。貴女が強い男が好みだという話を聞いてからはさらに。少しでも認めて貰えるようにと、そればかりを考えていたら、なんとか今の立場まできましたね」
「え……えええええ……」

< 11 / 18 >

この作品をシェア

pagetop