雇われ寵姫は仮初め夫の一途な愛に気がつかない
「……あ、呆れ果てましたか……?」
両手で顔を覆ったままなのでディーデリックの表情は分からない。しかしその声がいつになく不安に揺れているのが、視覚を遮断している分はっきりと伝わってくる。
「ここにきて可愛いなんて卑怯……」
「可愛いのは貴女の方です」
「息をするように口説くのやめてもらっていいですかね!? 心臓が持たないんですけど!!」
羞恥を怒りにすり替えてリサは叫んだ。どうにか片肘をついて身を起こすリサに、ディーデリックは攻撃の手を休めない。
「貴女が俺と別れず、このまま妻としていてくれるならひとまず止めます」
眉間の皺は深まれど、真っ赤な顔をしたままでは最早ときめく要素にしかならない。負けそう、速効で「わかりました」と答えそうな自分がいる。別に嫌っていたわけではないし、なんなら少しでも交流を深めたいと思っていたりした時点で少なからず好意はあったのだ。 しかし、だからといって即答できる話ではない、というのは茹だった今の頭でもなんとか理解している。
「じ……時間を……せめて時間をください……」
嫌いではない。好きな方だとは思う。しかし、この瞬間までリサはそういう意味でディーデリックを意識しないでいたのだ。頭の整理と、そして何よりも心の整理ができない事には返事などできるわけがない。
「どれくらい必要ですか?」
「……今晩、熟考します……」
長いだろうか、いやでもせめてそれくらいの猶予は許されてもいいはずだと、リサは恐る恐るディーデリックの返事を待つ。するとあっけない程に「わかりました」と返ってきた。
「この五年、いえ、十五年待ったんです、今晩待つくらいなどどうという事はないですよ」
ああでも、とそこで言葉を句切り、ややあってディーデリックは噛み締める様に呟く。
「――この一晩が、これまでで一番長く感じそうですね」
どこまでも穏やかで柔らかな声、と、気恥ずかしそうなはにかんだ笑顔。
そんなディーデリックの姿に、今度はリサが眉間に皺を刻んで耐える羽目となった。