愛されない貴妃の、想定外の後宮譚
「呪いですと……? 陛下が、何者かに呪われているということですか?」
「そうでございます。医師にも薬師にも、勿論診て頂きました。が、陛下のご様子を見るに、これは何物かが陛下にかけた呪いに間違いないとのことでございます……!」
何ということでしょうか。
陛下がここ数日臥せって房から外に出られなくなった原因が、何者かの呪いだと言うのですか。
陛下が帝位に就くまでの間、確かにこの国では血肉を争う戦いが起こりました。前の皇帝の崩御の後、皇太子とその兄弟たちの後継争いは、血で血を洗う激しいものでございました。
相討ちとなってしまった兄弟たちをすり抜けて、私の幼馴染である黄 君清に、突然のように皇帝の座が舞い込んできたのが三年前。
それを未だに何者かが恨み、呪っているというのでしょうか。
後宮に数多いるの妃の中の一人に過ぎない私が、陛下のお役に立てるとは、勿論思っておりません。しかし、幼少の頃より多くの時間を共に過ごした皇帝陛下が呪われているとあっては、放っておくこともできないのでございます。
「陛下の元に参ります。他の者は、私が呼ぶまで房に入って来ぬように」
「はい、承知いたしました!」
陛下の休んでいるであろう房の戸を静かに開き、私はそっと中に入りました。
陛下のために国内外から美姫ばかりが集められた後宮。何人の妃がこの敷居を跨いだのだろうかと思うと、私の胸は締め付けられ、頭の先まで悲しみが巡ります。
幼い頃の初恋の君。
まさか貴方が帝位に就くなど、想像だにしなかったあの懐かしき日々。
突然手の届かないところに行ってしまった幼馴染の寝顔を、私は静かに、息を殺して眺めます。
(君清……。こんなにやつれて……)
眉間に深い皺を寄せた幼馴染の顔は青白く、頬はこけ、即位したあの日の凛々しい姿の面影は消え去っていました。
誰が陛下に呪いをかけたのか、恨めしい気持ちと腹立たしい気持ちとで、私の心は張り裂けんばかり。震える手で、陛下の顔にかかった髪を、そっと耳にかけます。
「陛下。一体どのような呪いをかけられたのでしょうか」
「…………そなた、春麗か」
目を閉じたまま、額に汗を浮かべた陛下が、私の名を呼びます。『春麗』とは、また懐かしい呼び名で読んで下さったものです。後宮に入った三年前より、誰しもが私のことを『曹貴妃』と呼ぶにも関わらず。
「陛下、お目覚めでしょうか。春麗でございます。陛下が私と顔を合わせたくなかったことは存じ上げていますが、陛下のお体を心配するがあまり、無理を言ってここまで入らせて頂きました。他にも寵姫は数多おられましょうに、申し訳ございません」
「寵姫など、おらぬ。何を言っているのか」
顔の側に置いた私の手を取り、陛下は上半身をもたげます。苦しそうな表情に胸が痛み、私も体を起こすのを手伝いました。
「陛下が何者かに呪いをかけられていると聞きました」
「……そうだ。だからそなたに会いたくなかったのだ」
「私に会いたくないという気持ちは分かります。ですが、陛下はこの国を統べる御方。後宮に住まう妃の一人として、この状況を看過することはできません。私で何かお役に立てることがあれば、お申しつけくださいませ」
寝台の上に体を起こした陛下は私の手を放そうとはなさらず、じっとこちらを見つめています。こんな近くで君清のお顔を見たのは、いつぶりでしょうか。
「私にかけられた呪いは……」
「呪いは?」
「……頭で考えていることが、全て言葉に出てしまう、という呪いなのだ」