夏の夜、騎士は幽霊に恋をする
第5話 君の心は要らない(アベルside)
(鏡を見ると消滅するなんて、一体どういうことだ?)
『消滅』という言葉の重さに、俺は絶句した。
「消滅すると、君はどうなるんだ……?」
「無になります。私の姿はこの世界から消えて、記憶と共に消し去られます。残るのは、幽霊の核であるサファイアだけ」
……おかしい。
俺は、ジゼルの消滅を望んでいたはずだ。彼女の心を奪い、その宝石で指輪を作り、ヘレナに求婚する。そのために毎日こんな気味の悪い幽霊屋敷に通ったんだ。
ヘレナだって、俺がサファイアを手に入れることを望んでいる。俺の求婚を受け入れてくれるに違いない。
サファイアを持って戻れば、騎士団長だって俺の勇敢さを讃えてくれるだろう。高嶺の花だったヘレナを手に入れたとなれば、他の騎士は地団太踏んで悔しがるはずだ。
彼女に鏡を見せれば、全てが終わる。誰もがうらやむ未来を手に入れる。
彼女を消滅させて、俺はサファイアを手に入れるんだ。彼女も俺に心を差し出すと言っている。
――でも、ダメだ。ジゼルを消滅させては絶対にダメだ。
ジゼルのためを思えば、幽霊のままこんな場所で一人で過ごすより、生まれ変わった方が良いに決まっている。新たに生を受けて、成長して。優しくて可愛いジゼルなら、来世にはきっと幸せが待っている。
だけど、今彼女が消滅してしまったら。
俺の心は耐えられるのだろうか。
毎日このあばら家で彼女と過ごし、たくさん話をし、いつの間にか幽霊のジゼルに惹かれていたことに今更気付いてしまった。
幽霊を愛してしまうなんて、俺は頭がおかしいのかもしれない。でも、この一か月は間違いなく、俺が今まで生きてきた中で最も幸せな一か月だった。
「……ジゼル」
「はい、アベル様」
直接触れることはできないけれど、俺の腕の中に確かに存在するジゼルの温度に、俺は必死で縋る。
「俺は、君の心なんて要らないんだ」
「……え?」
ジゼルは驚いた顔で俺を見上げる。
「俺は、君の心は要らない。幽霊のままでいいから、今はここにいて欲しい。俺の我儘であることは分かっている。でも今は……そうとしか言えないんだ」
滅茶苦茶なことを言っていることは、自分でも分かっている。彼女が幽霊のままでいいなんて、そんなことがあるはずがない。
きっと何か手立てがあるはずだ。俺がジゼルを幸せにできる手立てが。
君がどこに生まれ変わっても必ず探し出す、なんて言えればいいんだろう。でも、そんな不確かな誓いの上に、君を失うことなんてできない。
しばらくの間、彼女は俺の目を見つめたまま言葉を失っていた。そして、片方の目から一粒の涙がこぼれ落ちると、耐えられなくなった涙が堰を切ったようにポロポロと流れ落ちる。彼女のオーラは青白く強く光り、心地よかった温度は急激に冷えて氷のように冷たくなった。
「要らないのね……私の心……」
「ジゼル、君の心を欲しいなんて言ってしまって申し訳なかった。絶対に言ってはいけない言葉だった。それだけは分かる。君を傷付けて本当に済まなかった」
君の心を欲しいだなんて、君に『消滅してくれ』と言っているようなものじゃないか。俺は、何と言う酷い言葉を彼女にかけ続けてしまったのだろうか。
何と言って詫びていいのか分からない。
本当は君といつまでも一緒にいたい。
君のことを愛している。
「何か方法を探したい。色々と調べてみて、明日またここに来るよ」
「…………アベル様。無理はしないでください。私が望むのは、アベル様の幸せだけですから」
そう言って彼女は俺の腕から離れ、扉を開けて外に出た。
部屋にはランプの灯りだけ。青白いオーラの余韻は、しばらくして完全に消えた。
『消滅』という言葉の重さに、俺は絶句した。
「消滅すると、君はどうなるんだ……?」
「無になります。私の姿はこの世界から消えて、記憶と共に消し去られます。残るのは、幽霊の核であるサファイアだけ」
……おかしい。
俺は、ジゼルの消滅を望んでいたはずだ。彼女の心を奪い、その宝石で指輪を作り、ヘレナに求婚する。そのために毎日こんな気味の悪い幽霊屋敷に通ったんだ。
ヘレナだって、俺がサファイアを手に入れることを望んでいる。俺の求婚を受け入れてくれるに違いない。
サファイアを持って戻れば、騎士団長だって俺の勇敢さを讃えてくれるだろう。高嶺の花だったヘレナを手に入れたとなれば、他の騎士は地団太踏んで悔しがるはずだ。
彼女に鏡を見せれば、全てが終わる。誰もがうらやむ未来を手に入れる。
彼女を消滅させて、俺はサファイアを手に入れるんだ。彼女も俺に心を差し出すと言っている。
――でも、ダメだ。ジゼルを消滅させては絶対にダメだ。
ジゼルのためを思えば、幽霊のままこんな場所で一人で過ごすより、生まれ変わった方が良いに決まっている。新たに生を受けて、成長して。優しくて可愛いジゼルなら、来世にはきっと幸せが待っている。
だけど、今彼女が消滅してしまったら。
俺の心は耐えられるのだろうか。
毎日このあばら家で彼女と過ごし、たくさん話をし、いつの間にか幽霊のジゼルに惹かれていたことに今更気付いてしまった。
幽霊を愛してしまうなんて、俺は頭がおかしいのかもしれない。でも、この一か月は間違いなく、俺が今まで生きてきた中で最も幸せな一か月だった。
「……ジゼル」
「はい、アベル様」
直接触れることはできないけれど、俺の腕の中に確かに存在するジゼルの温度に、俺は必死で縋る。
「俺は、君の心なんて要らないんだ」
「……え?」
ジゼルは驚いた顔で俺を見上げる。
「俺は、君の心は要らない。幽霊のままでいいから、今はここにいて欲しい。俺の我儘であることは分かっている。でも今は……そうとしか言えないんだ」
滅茶苦茶なことを言っていることは、自分でも分かっている。彼女が幽霊のままでいいなんて、そんなことがあるはずがない。
きっと何か手立てがあるはずだ。俺がジゼルを幸せにできる手立てが。
君がどこに生まれ変わっても必ず探し出す、なんて言えればいいんだろう。でも、そんな不確かな誓いの上に、君を失うことなんてできない。
しばらくの間、彼女は俺の目を見つめたまま言葉を失っていた。そして、片方の目から一粒の涙がこぼれ落ちると、耐えられなくなった涙が堰を切ったようにポロポロと流れ落ちる。彼女のオーラは青白く強く光り、心地よかった温度は急激に冷えて氷のように冷たくなった。
「要らないのね……私の心……」
「ジゼル、君の心を欲しいなんて言ってしまって申し訳なかった。絶対に言ってはいけない言葉だった。それだけは分かる。君を傷付けて本当に済まなかった」
君の心を欲しいだなんて、君に『消滅してくれ』と言っているようなものじゃないか。俺は、何と言う酷い言葉を彼女にかけ続けてしまったのだろうか。
何と言って詫びていいのか分からない。
本当は君といつまでも一緒にいたい。
君のことを愛している。
「何か方法を探したい。色々と調べてみて、明日またここに来るよ」
「…………アベル様。無理はしないでください。私が望むのは、アベル様の幸せだけですから」
そう言って彼女は俺の腕から離れ、扉を開けて外に出た。
部屋にはランプの灯りだけ。青白いオーラの余韻は、しばらくして完全に消えた。