葦名絢芽は、初恋を諦めたい
プロローグ
「伊織くん、起きて」
布団に潜り込む伊織くんに声をかけてみるけど、身動ぎをするだけで起きる気配はない。
伊織くんは寝起きが悪くて、毎朝起こすのが、最近の日課だ。
「遅刻しちゃうよ」
私は必死に肩を揺さぶった。
自分とは違う逞しい肩に、鼓動がざわめく。
伊織くんはのそのそとゆっくりと起き上がるけど、私に抱き着いて顔を肩に埋めた。
「あと、ごふんだけ……」
体に伝わる伊織くんの体温に、私の鼓動は更に暴れてしまう。
「だめっ、早くおきてよ……っ」
ぐいぐいと押し退けてみるけれど、寝ぼけているとは思えないくらい力が強くてびくともしない。
時差ボケだから、なんて言ったけれど。
帰国してからもう一ヶ月過ぎているよ?
背中に回っていた右手が、私の長い黒髪を梳いていく。
「あやめのかみ、ふわふわできもちいー」
「っ!」
その仕草に、無防備な声に、私はクラクラと目眩を覚えてしまった。
どうか、神様。
この迷える子羊に、伊織くんにドキドキしなくなる方法を教えてください。
『葦名絢芽は、初恋を諦めたい』
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