葦名絢芽は、初恋を諦めたい
 
「……寒いか?」

伊織くんは黒のシンプルなリュックから、マフラーを取り出した。

暗めの青をベースにしたギンガムチェックのそれは、伊織くんによく似合っている。

「大丈夫だよ」
「この時期は風邪を引きやすいから、巻いとけ」

慌てて断ろうとしたけど、伊織くんはそのマフラーを私の首に巻き付けた。

その優しさに、胸の中が温かさを通り越して熱くなっていった。

「ありがとう」

マフラーからは、香水か柔軟剤か分からないけどほのかに爽やかな香りがした。



「ただいま」

自宅に到着し玄関のドアを開けると、待ち構えていたのかお母さんが出迎えた。

「おかえり。ようこそ、伊織くん」

にこりと笑いかけるお母さんに、伊織くんは姿勢を正した。

「お久しぶりです。今日からお世話になります」

伊織くんの一礼はとても綺麗で、なんだか私より大人に見えてしまう。

「そんなにかしこまらなくていいわよ。狭いけど自分の家だと思って過ごしてくれると嬉しいから」
「ありがとうございます」

上がってちょうだい、とお母さんに促されて、順番に靴を脱いでいく。

「絢芽、伊織くんにお部屋を案内してね」
「はーい」

お母さんの言葉から、同居が現実のものとなったんだと実感した。
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