純愛カタルシス💞純愛クライシス
♡♡♡

 慌ただしくバーから出て行った大きな背中を、声をかけずにあえてそのまま見送る。好きな人を掴んでいた手の甲は叩くように外されたため、ちょっとだけ赤くなった。

 叩かれても触れられた嬉しさを噛み締めながら、その部分を撫で擦る。拒否された悲しみが涙となって、目の前をぐにゃりと歪ませた。

「千草さん、使ってください」

 仲のいいマスターが、真っ白なハンカチをそっと差し出してくれた。ありがたく思いながらそれを受け取り、メガネを外して目頭にハンカチを押し当てる。

「千草さんの好きな人、随分とつらそうな顔をしていましたね。普通は告られたら、少しは嬉しそうな感情がどこかに滲み出るものなのに、彼からはそれをまったく感じませんでした」

「ふふっ。マスターってば、よく見ていたのね」

 私以上に冷静に彼のことを眺めていたマスターの感想を聞き、悲しみが幾分紛れた。

「途中まで殴り合いの喧嘩になるかと思って、ハラハラしましたよ。まぁそこを経て両想いになったら、お祝いのカクテルを用意しようと思っていましたので」

 マスターは飲みかけのハイボールの入ったグラスを、ふたつ同時に手際よく下げるなり、オシャレなグラスを私の前に置く。中には赤に近いピンク色のカクテルが作られていて、バーの明かりを受けたことで、情熱的な色を煌めかせた。

「どうぞ、デニッシュメアリーです。今の千草さんには、ピッタリなカクテルかと思いまして」

「私にピッタリなんて、どんな意味のあるカクテルなの?」

「あなたの心が見えない――」

 低い声で告げたあと、軽く一礼をしてカウンターから出て行く。傷ついた私を慮ってくれたことに感謝しつつ、カクテルを口にしてため息をついた。

 もう出逢うことはないと思った相手にめぐり逢えて、喜んだのが自分だけだったこと。そして彼が深い傷を抱えていることを知り、これからの作戦を考える。

「成臣くんが悲しい恋愛をしていたなんてね。私はそれを、どうにかすることができるのかな……」

 諦めたくない気持ちが心の中に渦を巻き、成臣くんを手に入れるために、これからどんな行動したらいいのか、いろんな可能性を思考させる。絶対に彼を逃さない想いを秘めたまま、この夜はひとりでカクテルを嗜んだのだった。
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