純愛カタルシス💞純愛クライシス
 すると今まで怒っていた副編集長がお腹を抱えてゲラゲラ笑って、遠くにいる千草ちゃんに手招きする。

「どういうことも、そういうこともないわよ。彼女は上條良平が春菜に刺された現場にいた、貴重な人物じゃない。話をしていくうちに、大学の後輩だって知ったの」

 駆け寄って来た千草ちゃんが俺らにぺこりと頭をさげて挨拶し、にっこりほほ笑む。

臥龍岡(ながおか)先輩の存在は、大学時代に成臣くんの隣にいたことで覚えていたので、一目見てわかりました」

「私ってば、存在感ありまくりだから当然よね。千草ちゃんがその頃からコイツのことを好きなんて、本当に健気よねぇ。感心しちゃう!」

「成臣くんの引き立て役に、臥龍岡(ながおか)先輩がわざとなっていましたので、知ってて当然かと」

「イヤだわァ、そんなこと言って貶しても、嬉しくないんだからね♡」

(なにこれ。いつの間にこんなに、ふたりは仲良しに? そして茶番に付き合わされた俺って、いったい――)

「一ノ瀬、自分を卑下して彼女と付き合わないっていうのは、断る理由にならないわよ」

 キツい口調で俺に話しかけられることにギョッとしつつ、さっきよりはマシかと思いながら口を開く。

「千草ちゃんは友人として付き合うならいいヤツだと思うが、恋愛対象にはならない」

 この間のバーでの出来事を考えたら、アキラがいることで、余計にめんどくさい展開になるのが目に見えたので、思いきって本音を告げた。

「だそうよ。千草ちゃんどうする?」

 副編集長から促された千草ちゃんは、メガネのフレームを格好よくあげながら、俺に優しく語りかける。

「成臣くん言ったわよね。誰かを好きになって、相手からの嫉妬や自分のヤキモチで疲弊したくないし、裏切られたくないって」

「ああ。恋愛する気になれない」

 まるで取調室にてベテラン刑事ふたりに、犯行を自供させられる犯人の気分。テンションのあがりどころがない。

「安心して。私ヤキモチ妬かないし、成臣くんに嫉妬されたい!」

 メガネのレンズの奥にある瞳をキラキラさせながら言われても、説得力に欠けるセリフは俺の心を動かすことはない。

(しかしながら相変わらず、ぐいぐい食いつきが良すぎて、ドン引きするレベルだろ)

「いや待て。千草ちゃんとお付き合いするつもりはないのに、嫉妬なんてしないですって」

 千草ちゃんの顔の前にてのひらを向けて、堂々と交際拒否を宣言した。

「成臣くんが好きよ♥️」

 それなのに千草ちゃんは顔の前にある俺のてのひらを両手で掴み、自分の頬に押し当てながら告白するなんて、サッパリ意味がわからない!

「好きと言われても、付き合えないって言ってるのに……」

「しつこい女は嫌い?」

「えーと、はい、嫌い……です」

「でも私は、成臣くんが好きなの」

「(*ノ∀`)ノ゙))アヒャヒャ! ブフォッ ゴホッゴホォゲホオエッ」

 突然、副編集長が傍にある壁を殴打しながら、大爆笑をはじめた。しまいには嘔吐く始末。

臥龍岡(ながおか)先輩、大丈夫ですか?」

 千草ちゃんは俺の手を頬に押し当てたまま、副編集長が無事かどうか声をかける。ただの笑いすぎなので、俺としてはまったく心配しなかった。

「らいじょうぶよ、アンタたちの夫婦漫才は表彰ものだわ。是非とも付き合って、永遠に続けてほしいわね」

「臥龍岡先輩に褒められたということで、成臣くん付き合いましょう!」

「付き合わないって言ってるだろ……」

「私のどこが嫌い? 若くないから? 顔が好みじゃない? 体の相性はバッチリだったのに……」

「千草ちゃんが嫌いだからじゃなく、俺がダメなんだ。さっき言ったろ、恋愛する気になれないって」

「その原因を教えて!」

「一ノ瀬の過去の話よねぇ。私もかい摘んで聞いてるだけだから、詳しく聞きたいわぁ」

 見てるだけでウキウキしてるのがわかる副編集長が、颯爽とした動きで椅子を三脚持ってきて、それぞれの前に置き、座るように促した。

「……副編集長、忙しいのに仕事はいいのか?」

「編集長から一ノ瀬をなんとかしろって命令されてるから、なんとかするまでが今の仕事なのよ」

 なんて言って、うまいことあしらわれてしまい、ガックリ項垂れるしかなかったのである。
< 60 / 80 >

この作品をシェア

pagetop