純愛カタルシス💞純愛クライシス
☆☆☆

 二対一の圧迫面接――副編集長が椅子を配置した状況はまさにこれで、ふたりの視線を一身に浴びることになった。せめて三角形に置いてくれたらよかったというのに。

「一ノ瀬の大学時代は知ってるんだけど、就職先が別々になってからが、ちょっとした空白期間なの」

「そうだったんですね。てっきりなんでも、ご存知なのかと思ってました」

「それでもこうしているってことは、腐れ縁なのかもね。それで一ノ瀬、アパートの大家とは、大学時代はなにもなかったのよね?」

 確認するように訊ねた副編集長に、黙ったまま頷いてみせた。それを見た途端に、横にいる彼女の肩を叩きながら女子トークする。

「ねぇねぇ千草ちゃん、どう思う? なんで一ノ瀬が社会人になってから、人妻に手を出されたのかしら? 食べるなら若いうちのほうが騙しやすいし、ぽいって捨てるのも簡単だと思うのよね」

(なんだかな、俺は鮮魚か生ゴミみたいな扱いなんだろうか――)

 副編集長の告げた若いうちという言葉にしんみりしていると、千草ちゃんは小首を傾げる。

「そもそも、不倫するという思考が理解できないので、なんとも言えないです」

 チラッと俺を見る千草ちゃんのまなざしは、貶むものではなかったが、思わず顔を俯かせてしまった。

「不倫相手の人妻、壇○つみたいなエロい雰囲気や綺麗さがあるわけじゃないし、もちろん可愛くもなかったわ。どこにでもいる普通の女。ドライな一ノ瀬が恋愛に夢中になる理由が、サッパリわからないの」

「やっぱり、その関係性でしょうか。後ろめたいことをしているから、夢中になれてしまう……」

「一ノ瀬、キッカケから詳しく教えなさい」

「めんどくさい」

 即答で拒否った刹那、厳つい顔が般若に変わった。仏像になって崇め奉られたら、最強になれそうなレベルとたとえたら、すごくわかりやすいかもしれない。

「言わねぇとおまえの恥ずかしい写真を、部署に全部転送するぞ!」

 キャラ変しながらスマホを取り出し、画面をタップして脅すなんて、酷いパワハラだと思う。

「もう好きにしてくれ。どうでもいい」

「成臣くん、私がどうでもよくないの。恋愛したくない原因がそこにあるのなら、なんとかしたいと思うでしょ? じゃないと、しつこく迫るけどいいのね?」

(アキラも相当だが、千草ちゃんも同じレベルだな。どうしたものか――)

「もう十二分にしつこいのに……」

「ふふっ、輪をかけて、しつこくしてあげる」

「マジかよ!」

 千草ちゃんの瞳は真剣そのものだった。マジでやりかねない。

「あー、えっと、キッカケ、キッカケ。給料少なくて、アパートを出て行けないことをあの人に言ったら、とりあえず一年だけ引越ししなくていいって許された」

 あのときはやっと就職先が決まって、これからだっていうときだったのに、給料の少なさをつきつけられる現実に、出鼻をくじかれた気分だった。

 しょげながら頭をさげる俺に、あの人は庭にある桜の木を見上げながら言ったんだ。「一ノ瀬くんがちゃんと働く姿がみたいし、諦めずに頑張るのよ」って。

 その声に導かれるように顔をあげたら、舞い散る桜の花びらと、あの人の長い髪が揺らめいていたのが目に留まる。だから妙に脳裏に残ってしまった。

 大学時代は、何度か家賃を滞納しても待ってくれたり、たまに夕飯の差し入れをしてくれた、アパートの隣に住む優しくて気前のいい人――それが三渕幸恵だった。
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