偽りの恋人と生贄の三日間
 だから、命を盾にしたとしてもきっと断られるだろうから、傷付かないように微笑んでいることしかできない。

 キトエの瞳が、苦しげに細まる。断るのになぜそんな顔をするのだろうと思ったら、キトエが円卓から立ち上がった。

 キトエを仰ぐ。苦しそうに見つめられて、微笑めなくなる。わずかな空気の動きに、身構える。

 キトエは、ひざまずいた。ベルトの背中から長い純白の飾り布が、赤緑のつる草模様のじゅうたんへ広がる。上着のふたつの金ボタンをつなぐ鎖が、かすかな音をたてる。キトエは顔を伏せたまま、リコの右手を取って顔を近付ける。

 唇が、手の甲に触れた。

 キトエが手を離す。顔を上げないまま、ひざまずいている。

 手の甲へのキスは、通常唇を触れさせない。今までキトエにされたときも、唇が触れたことはない。だから、これがキトエとしての最大限なのだろう。騎士としての、主に対する精いっぱい。

「あり、がとう」

 絞り出すと、キトエは顔を上げた。なぜか驚いたような、泣きそうな顔をしていた。なぜキトエがそんな顔をするのか、泣きそうな顔をしたいのはこちらのほうなのにと思いながら、リコは微笑んだ。

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