彷徨う羽
1. 洋輔
 朝。
 テニスボールがクレイコートに弾む音で目が覚めた。朝練してるんだ、とぼんやり思った。ウォーミングアップの掛け声も聞こえる。どのグループだろう。朝からテニスが出来るご身分、羨ましいことです、と僻む気持ちを振り切って、体温計を口にくわえた。そろそろ排卵日だなぁ。早く過ぎてくんないかなぁ。
 ツーリングの計画を今まで3回立てた。直前に生理になってキャンセル。
「いい加減にしてくれよ。なんでいっつも生理になるわけ?」
 洋輔が怒る理由をわからないわけではないけど、自然の摂理に対して不平不満を言うのってどうなの?
 朝早く起きて出掛けるのがイヤで、生理にでもならないかなぁと思っていたら、運よく直前になったりするものだから、たとえそれが避けようのないことであっても、3回続くと仮病を使っているような罪悪感がある。
 だから基礎体温を計ることにした。理由は他にもあるけれど。
 うとうとしているうちに5分はとっくに過ぎてしまった。
「いくつ?」
 洋輔が寝ぼけ声で訊く。私が体温計をくわえたのに気付いたのね。
「6度5分」
「ふぅん、まだか」
 目覚まし時計が鳴り出した。7時。いつもならこの音で起こされるのに、今日は先に目が覚めた。手を伸ばして止め、リモコンでテレビをつけた。ニュースが始まったばかり。
 後ろから洋輔が私に抱き付く。少し絡み合って朝のキス。毎朝のルーティン。
「今日は1限?」
「うん」
「コーヒー?」
「うん」
 1限の授業があるか無いか訊く。どちらか知ってても訊く。それからコーヒーを飲むか飲まないか訊く。飲まない日は今まで無かったけれど訊く。
 そうして裸のまま起きてコーヒーメーカーのスイッチを入れ、目覚めの気怠い空気を蹴っ飛ばして伸びをする。
 洋輔がトイレに行っている間にベッドメイクをして、ガウンを羽織る。今日は天気が良いから布団を干そう、と窓を開けて思う。もうすぐ梅雨だ。
 パンをトーストし皿に載せたら時間ぴったり。トイレから出た洋輔の朝食スタート。彼は1限に間に合うように部屋を出た。
 私は今日は2限から授業。9時半に部屋を出る。
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