【コミカライズ】拝啓 隣国の皇太子様、溺愛演技が上手すぎです!
「バル様!」


 愛しい声音。振り向くまでもない。
 ニコルだ。

 彼女は大きく手を振り、俺の方へと駆けてくる。
 俺は急いで彼女の元に向かった。走って、彼女を抱き締めかけて――――それから止めた。

 俺はもう、彼女の恋人じゃない。触れることも、想いを伝えることも許されないのだから。


「バル様!」


 けれど、そんな俺をニコルがギュッと抱き締めてくれた。
 嬉しい――――涙が零れ落ちそうになるのをグッと堪える。


「ニコル、一体どうして……」


 別れを告げに来たのだろうか? しかし、彼女はネイサンの婚約者に戻った筈で。一人で俺に会いに来ることは許されない筈なのに。


「対価をお渡ししていなかったことを思い出したんです」


 思わぬ言葉に目を見開く。すると、ニコルは花が綻ぶ様に微笑んだ。


「恋人の振りをお願いした時、バル様にわたしが持っているものを――――何でも差し上げるとお約束しました。わたしはまだ、その約束を果たしていません。バル様、どうかお好きなものをお命じください。わたしが持っているものなら、どれでも」


 そういえば、そんな約束を交わしていたことを思い出す。
 けれど、元より対価など求めていない。ニコルの恋人になれることこそ、俺にとっては何よりの幸せだったのだから。


「いや、もう十分貰っている」


 答えれば、ニコルは俺を真っすぐに見上げた。


「それではわたしの気が済みません。父がわたしに与えてくれた騎士団でも国宝級の首飾りでも、何でも構いません。何か、欲しいものは有りませんか?」


 首を大きく横に振る。そんなもの、欲しいと思ったことは無い。

 俺が欲しいものはただ一つ。
 目の前にいる、たった一人の女性だけなのだから。


「でしたら、わたしが選んでも良いですか?」


 そう言ってニコルが身を乗り出す。それから彼女は俺のシャツをグイッと引き、唇を重ね合わせた。


「ニコル!?」


 驚く俺の首を抱き、ニコルは触れるだけの口付けを続ける。
 もどかしい。あまりにも。

 抱き締めたい。キスしたい。
 もう一度、ニコルにこの想いを伝えたい。

 俺の恋人に――――妻に――――なって欲しいと伝えたいのに。


「バル様、わたしを連れて行ってくれませんか?」


 ニコルがそう言って目を細める。


「連れて行って、って……」


 彼女の言葉の意味が理解できない。
 いや――――正確には、自分に都合よく解釈しそうになるのを必死に我慢しているのだが。


「わたしはバル様が好きです! 大好きです! ですから、バル様と一緒にザリンスティーチに行きたい! わたしを連れて行ってください!」


 真剣な眼差し。あまりのことに息を呑む。

 夢じゃなかろうか?
 ニコルが、俺を? 本当に?

 戸惑う俺を前に、ニコルは満面の笑みを浮かべた。


「ダメって言われても構いません。もう行くって決めましたから」


 躊躇いのない瞳。本気なのだろう。
 けれど、俺にはまだ気掛かりが存在した。


「ネイサンのことは?」

「そんなの、こっぴどく振って来たに決まってます! 見物でしたよ。地団太踏んで悔しがってました! 陛下にもこっぴどく叱られて、王位継承権を弟に奪われて。全部バル様のお陰です」


 ニコルの笑顔に、涙がグッと込み上げる。


「そうか……」


 良かった。俺はニコルの役に立てたのか。
 そうだとしたら、心から嬉しい。本当に、心から。


「バル様は本当に、演技が下手糞ですね」


 ニコルがそう言って目を細める。
 もう、自分を抑えることなどできなかった。
 彼女の頬に何度も口づけ、身体が軋むほどに抱き締める。


「ニコル――――愛している」


 心からの想いを口にすれば、ニコルはふふ、と声を上げて笑う。


「知っています!」


 俺達の間にもうは存在しない。
 ニコルと俺は微笑み、互いをきつく抱き締めあうのだった。
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