【コミカライズ】拝啓 隣国の皇太子様、溺愛演技が上手すぎです!
 その日以降も、バルディヤ様の溺愛演技は続いた。

 行きも帰りも彼の馬車が迎えに来て、一緒に登下校をする。二人きりの時ですら、彼が演技を止めることは無い。


「バル様」

「うん?」


 隣り合い、固く繋がれた手のひら。近すぎるその距離に、心臓が休まる暇がない。
 緊張で身体が物凄く熱いし、そんな自分の状態を悟られたくないのだけど、彼は側に居る間中、決して手を放そうとしない。

 これでは完全に演技過剰だ。本気で何とかしなければならない。
 


「頼んでおいて何なのですが、ここまでして頂かなくても良いのですよ?」


 わたし達の交際は、既にネイサンの耳にも届いている。表だって何か言われたわけじゃないけど、彼の側近候補達が探りを入れているのは間違いない。


「そうかな? 人の見ていない場所でも演技を続けないと、案外バレるものだよ? 
それとも、ニコルは嫌? 俺に触れられたくない?」


 バルディヤ様はそう言って、わたしの髪をそっと撫でる。既にバクバクとうるさかった心臓が、ひと際大きく跳ねた。


「嫌ではありませんが……これでは身体がもちません」


 人間、慣れないことには耐性がない。

 よくよく思い返してみると、ネイサンはわたしにちっとも触れなかった。
 そりゃあ、夜会でダンスを踊ることはあったけど、わたし達の間にあったのはそういう義務的な触れ合いだけ。手を繋ぐこともなければ、こんな風に髪を撫でられたこともなかった。


(わたし、ネイサンに全く好かれてなかったんだなぁ……)


 脳裏にサブリナを抱き寄せるネイサンの姿がチラつく。勝ち誇った表情で微笑むサブリナが。全く悪びれることなく、サブリナのことしか見ないネイサンが。わたしの頭から離れてくれない。

 そうしている内に、段々と悪かったのはあの二人じゃない。わたしの方なのかな、って思えてきて――――。


「――――嫌じゃないのなら」

「え?」


 その瞬間、わたしはバルディヤ様に抱き締められていた。温かくて逞しい腕。身動ぎしてもビクともしない。


「バル様、あの」

「俺はニコルが好きだよ」


 バルディヤ様の言葉に目頭がグッと熱くなる。
 堪えていたのに――――堪えていたいのに、背中を優しく撫でられて、堪えきれずに涙が零れる。


「駄目です、バル様。このままじゃわたし、あまりにも情けなくて」


 嗚咽が漏れ、見苦しいことこの上ない。こんな風に感情を吐露してはいけない。涙なんて、流したらいけないのに。


「堪える必要などない。思う存分泣いたらいい。他に誰も見ていない。俺はニコルの恋人なのだから」

「……何なんですか、その理由?」


 わたしからしたら脈略が無いのだけど、バルディヤ様の中では繋がっているのだろうか? 思わず吹き出してしまったわたしに、バルディヤ様は優しく微笑んだ。


「良いから。しばらくこうさせて欲しい」

「…………はい」


 温かい。何だか、色んなことを許されている気がする。


「俺はニコルが好きだよ」


 バルディヤ様が、先程と同じ言葉を繰り返す。何度も、何度も繰り返す。

 偽りの恋人。偽りの愛情。
 全てが紛い物だけど、わたしはこの時、間違いなくバルディヤ様に救われた。
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