【コミカライズ】拝啓 隣国の皇太子様、溺愛演技が上手すぎです!
 己のバカさ加減にため息が出る。

 折角、もう少しで愛しい女性が手に入ったかもしれないのに。
 俺は自らの手で、その機会をみすみす逃がしてしまった。


 彼女――――ニコルと出会ったのは、俺達がまだ六歳の頃。外交のため、父と初めてこの国を訪れた時のことだった。


「ニコルと申します。よろしくお願いいたします」


 幼い頃の彼女は、今とちっとも変わらない。
 愛らしく、けれどとても気の強い少女だった。

 当時、今とは違って引っ込み思案だった俺は、彼女に引き摺られるようにして、色んな所に連れて行かれた。


「行きたい場所に行って、したいことをするのよ!」


 活き活きと笑う彼女が俺には眩しくて堪らない。
 完全な一目惚れだった。

 国に帰って以降も、俺はニコルを忘れることが出来なかった。
 彼女に相応しい男になりたい。そう思って色んなことを頑張った。


 けれど、二度目に会った時、彼女はネイサンの婚約者になっていた。


「親が決めた婚約なのよ。生まれる前から決まっていたんですって」


 彼女はそう言って微笑んだ。
 苦しい――――俺はニコルが好きなのに。もう、想いを伝えることすら許されない。


 それから六年。
 諦めの悪い俺は、婚約者を作ることもせず、ニコルのことを想い続けていた。
 けれど、いつまでも初恋を引き摺るわけにはいかない。タイムリミットは迫っている。
 最後の悪あがき――――彼女を諦めるための留学だった。


(人生は何が起こるか分からないな)


 留学を始めてから二か月後、ニコルはネイサンに婚約を破棄され、俺に『恋人の振りをしてほしい』と頼んで来た。

 気の毒だと思った。悲しむ顔を見たくないと思った。

 けれど、それと同時に嬉しかった。彼女が俺を頼ってくれたことが。
 ニコルに想いを伝えられることが。


 彼女は演技だと思っていたみたいだが、本当は違う。


 ニコルに贈った言葉は、全部俺の本心だった。
 本気で彼女の恋人になりたいと思っていた。

 ニコルが好きだ。
 ニコルの笑顔が好きだ。
 声も、涙も、彼女の全てが愛おしくて堪らない。

 仮初でも彼女と恋人になれて、俺は心の底から幸せだった。


「殿下、そろそろ」

「分かっている」


 これから先、ニコルとは外交で顔を合わせることがあるだろう。その時、俺はきちんと笑えるだろうか? 彼女の幸せを祝福することが出来るだろうか?


(無理だろうな)


 俺は演技が下手糞だから。ニコルにもきっとバレてしまうだろう。
 本当は俺自身の手で彼女を幸せにしたかった――――と。

 けれど、従者達に促され、馬車に乗り込もうとしたその時だった。
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