「俺と噓結婚して欲しいんだ」「みんなを騙すってことですか!?」
やがて庭に顔を出したおばさんがギョッとした。
エビがびちゃびちゃになった服を着た私を見て、引いている。
「…………あら。こん、にちは、爺やさんは、中に?」
薄ら笑いとともに挨拶する。
畔沼さんもいちおう会釈を返した。
私もあえて、非常識作戦を決行した。
「今! お見合い中なんですよ!」
「まるで、赤ちゃんね! とてもそうは見えないけど」
見下したような視線が向けられる。
「なんて羨ましいのかしら」
代理人が居ないで、自分の言動を許されていることが初めてなのに無理やりお見合いさせられている気持ちがわかるわけがないだろうし。いっそこんなストレスを抱えるくらいなら安全とかいいから殺せと言いそうになる。
「かわってください!ほんと! なんで私がこんな詐欺師させられるんだか」と、言えたらいいのだが、さすがにそこまで言うのも面倒なので、適当に笑っておく。
「本当に、代わって欲しいわー!」
と何度か言い残して、おばさんは中に入っていった。
チュンチュン……チチチチ……
鳥の鳴き声と、静寂。
微かなひんやりした風が肌を撫でてから、数秒。改めて、私は返事をした。
「家と、会話を可能にする術を考えるくらいなら、お役に立てる……こともあると、思います」
家と彼の恋愛さえ成就すれば、あとは隅に置いて貰えれば接触も無く、みんなハッピーという計画である。
「これが、新しいお見合い相手か」
邸宅から、新しい声がした。畔沼さんにそっくりの……誰?
中から出て来てこっちに歩いてくる。やがて斜め45度くらいを保って腕を組んだ。
「弟です」
弟らしい。
「どんな相手かと思えば……整形したような顔だな」
鼻を鳴らしながら、小馬鹿にした笑みを浮かべている。
整形を見定めるスペシャリストかなんかか?
「はい、そうなんです!」
いや、別にしてないのだが、口車に乗るほうが面白そうなので私からも肯定した。
どうでもいい、どう思われたところでさよなら出来るなら願ったりかなったり。
「私、整形してるんですよ! そんなことよりエビがびちゃびちゃなので、それしか今頭に無いですね!」
「こんな汚い整形女を選ぶなんて、見損なったよ……俺は最初から反対だった」
「私もです!」
と言えればどれだけいいだろう。
この際、整形だろうが性悪だろうがなんだっていい。
「そうそう、性格も悪いし、整形してるし、いいとこなんにも無いんですよ、私。家と恋愛をするための道具として頂いて構わないので。
今だって汚い姿を見せてしまってすみません……」
少し冷えてきた身体を温めるように片方の腕に、指を伸ばすと、
何か湿った感触があった。
さっき引っ掻きまくった腕が、血を流している。
「うわぁぁ……」
爪に血が食い込んで染まって、ますます汚らしくなっていく。
「そ、そうか」
畔沼さんは少し引き気味に私を見て居た。
「確かに、良いところが何もないか……」
まだ、あのおばさんの方が、代わりになるだろう。
「そもそも断るつもりで来て居ました。
『恋をするな』他人と恋をするやつは、家畜。恋は人間性を廃れさせる悪の習慣、野生化を図るための政策のようなもので、野蛮。汚い、絶対にならない。これが我が家の家訓なので」
「そうなのか?」
「はい。前に言い寄られたときもキツく叩いてやりましたよ~!」