毒舌令嬢は婚約破棄の場面に居合わせる

第5話 身代わり花嫁になる相談に居合わせる

 私のお兄様。
 テンプレクズ男のイアン・カカーリンが結婚するそうです。

 幼い頃からの婚約者であるユリア様(ツッコミ強め)がいるにも関わらず、異世界から召喚された聖女・片原エミリーちゃんに真実の愛を見出し、婚約破棄を言い渡そうとして失敗した、あのお兄様です。

 さすがに結婚式当日の今日は、タイムスケジュールもガチガチに全て決まっているし、突然気まずい場面に居合わせちゃうこともないだろうと安心していたのに。

 カカーリン伯爵家の呪いかな。またしても変な場面に遭遇しちゃったよ。


 今私が座っているのは、お手洗いの個室。
 とっくに用事は済ませたんだけど、なかなか出て行けない。

 だって、扉の向こうでは気まずい相談が行われてるんだもん。


 話しているのは私の義姉となるユリア様と、その妹のメリッサ様。


「ねえ、お願いよメリッサ。一生のお願い」
「お姉様……ひどいわ。私がお姉様の代わりにイアン様と結婚しろだなんて」
「ごめんなさい。でも私、どうしてもイアン様とは結婚できない。私には他にやるべきことがあるのよ」
「……いいわ。私が身代わり花嫁になる」


 軽いね~。軽いよ、「身代わり」の使い方。

 身代わり花嫁ってさ、自分の一生かけて他人の代わりをするってことだよ? メリッサちゃん、本当にユリア様の身代わりになっちゃって大丈夫?

 しかもね、一般的な身代わり花嫁って、棚ボタ的にハッピーになること多いじゃん?

 ほら、「身代わりで嫁いだのに逆に溺愛されちゃいました!」とか、「身代わり花嫁として嫁いだら、相手が思ってたんと違いました(良い方に)」とか、あるじゃん?

 でも、よく考えて。今回はそんなこと絶対ないから。

 身代わりで嫁ぐ先は誰? あのイアン・カカーリンだよ? たまたま通りがかることだけは得意だけど、他に何も特技ないよ? ツッコミも上手くできないのに、ここぞという美味しい場面でボケもかませない男だよ?

 しかもアイツ、長年のお付き合いであるユリア様を、簡単に捨てようとしたクズだし。

 それにさ、ユリア様だって偉そうに「私には他にやるべきことがある」とか言ってるけど。多分それ、エミリーちゃんと一緒にお笑いコンビ『カタハライタイ』を再結成するだけだからね?

 身代わりするほどの価値ないと思う。いっそのこと、今こそ婚約破棄でいいんじゃない?


「それじゃあメリッサ。あなたの幸せを祈ってる。イアン様のことは頼んだわ」

「ちょっと待ったぁぁっ!!」

「「ぎゃああっ!!」」


 いきなり個室から人出てきたら驚くよね、ごめんね。二人とも怯え切った顔で私を見ちゃうよね。


「メリッサ様! 無理して兄と結婚しなくて大丈夫です。他にいくらでも相手がいるでしょう?」
「タチアナ様、もしかして今の話を全て聞いていたのですか?」
「ごめんなさい。割と色んな場面に居合わせることが多いものですから。それよりも、メリッサ様はもっとご自分を大切にしてください。あの兄に嫁いで、何かいいことがありますか?」


 まだ十八歳。こんなに可愛らしいメリッサ様だもんね。やる気さえあれば王太子妃だって目指せるんじゃない? まあ、相手があのアルヴィス殿下で良ければだけどね。


「でも、私は特に決まった相手もおりませんし、決してモテるわけでもありませんし……」
「何も努力をしないのに、いきなり人間はモテません」
「……努力?」


 そうだよ。
 私が今まで色々と語ってきたように、最近の結婚事情は怖いんだから。身代わり結婚、攫われ結婚、契約結婚、エトセトラ。なんなら、結婚した後にいかに美しく華麗に離婚するかが話題になったりもする。

 いろんな愛の形ってあると思うけどさ。今後はもっと種類増えていくかもしれないよね。異世界リモート婚とかメタバース婚とかさ。

 そんな厳しい結婚市場の中で、ずっと愛され続けるヒロインの共通点知ってる?



『おもしれー女』


 これだよね。




「おもしれー女……?」
「そうです。メリッサ様。おもしれー女を目指しましょう! 近くに良いロールモデルがいるじゃないですか」
「近くに……もしかして、ユリアお姉様?」


 ユリア様は、何か気付いたようにハッとした顔をする。

「おもしれー女……おもしろい女、おもろい女……!」
「そうです、ユリア様。ユリア様はエミリーちゃんと組んで、この国のおもしれー女の先駆けとなってください!」


 きっとユリア様ならできるよ。お笑いコンビ『カタハライタイ』のツッコミとして、最高のおもしれー女を体現しちゃってください!

 あはは、じゃあ今日の結婚式はキャンセルってことで。
 一人晩酌と行きましょう。


「それじゃ、ごきげんよう!」


 お手洗いの扉を開けて、廊下に出ようと思ったら。

 たまたま通りがかったお兄様が、今までの私たちの話を全部立ち聞きしてたみたいよ。

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